安息日学校部

20250109安河内アキラ解説

2025年第1期「神の愛と正義」

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第9課  宇宙的対立  3月1日

暗唱聖句:お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に/わたしは敵意を置く。彼はお前の頭を砕き/お前は彼のかかとを砕く。 創世記3:15

今週の聖句:マタイ13:24~27、創世記1:31、エゼキエル28:12~19、イザヤ14:12~15、マタイ4:1~11、ヨハネ8:44、45

今週の研究:聖書的観点から見れば、悪魔とその天使たちが神の国に敵対する宇宙的対立という主題を無視してしまうと、聖書の物語の内容の多くを見逃すことになってしまいます。福音書だけでも、神に敵対する悪魔や悪霊についての言及であふれているからです。
今週はまず、聖書のいくつかの重要な聖句によって、以下の二つの質問にいかに答えるかを考えます。
(1)聖書のどの箇所に、神とサタンの宇宙的対立があると教えているのでしょうか。
(2)聖書によれば、その対立の本質は何でしょうか。

月曜日: この物語では、黙示録12:7~9で悪魔そのものと見なされている蛇(「年を経た蛇」)が、神のご性質に関する嘘を持ち出しています。蛇はまず、神のご命令に疑念を抱かせるために質問を用い、その質問の中で、神がお命じになっていたことをほぼ逆転させています。それから蛇は、神が言われたことに真っ向から異議を唱え、「決して死ぬことはない」(創3:4)とエバに言いました。
蛇か、神か、いずれかがエバに嘘をついたのです。今やエバは、神の言われたことを信じるか、蛇がしたことを信じるか、選択を迫られます。
ここでも、聖書のほかの箇所でも、この対立の本質はおもに、何を信じるか、誰を信じるかをめぐるものであり、それ自体が愛と密接に関係しています。なぜなら、あなたが誰かについて信じていること、その人がどんな人であるか、その人が信頼できるかどうかといったことは、あなたがその人を愛し、信頼するかどうか、そしてこの場合、あなたがその人の言うことに耳を傾けるかどうかに、深く影響するからです。

火曜日:イザヤ14章によれば、ルシファーは自分を高めて神のようになろうと決心しました。この聖句は、エゼキエル28章で見たこと、つまり彼の「心(が)美しさのゆえに高慢とな(った)」(エゼ28:17)ことを補足しています。その美しさによって、彼は自分を美しく造られた神に栄光を帰すはずでした。しかし、彼は高慢になってしまい、さらに悪いことに、その高慢のゆえに、神の座を奪い、神を中傷しようとさえ心に決めました。エゼキエル28:16の「取り引き」に相当するヘブライ語には「中傷」という意味もあり、サタンが神に対して、また私たちに対しても、どのように働くかを示しています。

木曜日: 当初から悪魔の計画は、神が本当は公正でも、愛に満ちたお方でもなく、神の律法は抑圧的で有害なものだと、被造物に信じ込ませようとすることでした。イエスが悪魔を「偽り者であり、その父」(ヨハ8:44)と呼ばれるのも不思議ではありません。対照的にイエスは、「真理について証しする」(同18:37)ために来られ、サタンの嘘と中傷に真っ向から対抗し、悪魔とその力を打ち負かし、最終的には滅ぼされます(Ⅰヨハ3:8、ヘブ2:14)。
黙示録12:9、10は、サタンを(1)「年を経た蛇」、(2)天の法廷で神の民を告発する者、(3)人類を惑わす竜の支配者と特定しています。「悪魔」と訳されているギリシア語は、「中傷する者」という意味で、対立の本質が信仰をめぐるものであり、神のご性質についての信仰を含むことを改めて示しています。

エデンの園で、蛇はエバを騙しました。彼は「この実を食べても死なない、そして目が開かれる」と教えたのです。これは嘘であったのですが、まちがってはいなかったのです。彼女たちは、その実を食べてすぐには死にませんでした。そのような意味では死んではいません。そして目が開かれることによって彼らは裸であることを知らされました。けれども彼はこれによって彼らがもっと高められるように誤解をさせたのです。サタンは人類を騙すためにいろいろなことをします。なぜならサタンも人間を強制できないのです。わたしたちにまちがった選びをさせるために、まちがったものを正しいもののように見せたり、それを食べるともっと良い人間になれるようになると欲望に訴えるのです。大争闘での対立は何か、それはわたしたちが何を選んで信じるかなのです。どちらのことばを信頼して生きるのか、これが問われていて、そしてその答えはあなたが出すのです。
神さまは、人間が罪を犯してから、さあ対応をどうしようと考えたのではありませんでした、すぐに救いの道を示されたのです。それが今週の暗唱聖句です。蛇の頭が砕かれる、これはサタンが滅ぼされるという約束です。けれどもキリストのかかとも砕かれる、それは十字架の死を指していました。しかし善と悪との戦いは、ここで始まったのではなく、それ以前から天で始まり、今日まで続いているのです。そしてわたしたちの心の中で、この戦いが日々行われているのです。
7課から、神さまはなぜルシファーたち悪天使をすぐに滅ぼさなかったのかという問いかけについて、ガイドの本文に書かれています。善と悪との戦いはわたしたちの心の中でもなされていますが、全宇宙でも同様の戦いがされています。今週の学びにおいてその戦いについて聖書の言葉を用いて説明されています。そして信じる人を赦すためにキリストは大祭司となって天の聖所で罪の贖いをするのです。このキリストの働きを全宇宙は見つめています。神さまの愛を正義の実現を目の当たりにして全天が神さまを讃美するのです。そのような日が一日も早く来ることを願っています。