安息日学校部

20230108安河内アキラ解説

2022年第4期「永遠の命」

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第8   成功するために計画する   2月26日

 

暗唱聖句:「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心から行いなさい。あなたがたは、御国を受け継ぐという報いを主から受けることを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです。」 コロサイ 3:23、 24

                                                                  

今週の聖句:コヘレト 12:1、創世記 2:15、1 テモテ 5:8、コロサイ 3:23、24、 創世記 39:2~5、  箴言 3:5~8

                                                                  

今週の研究:多くの人は、「成功」して幸せな人生を送りたいと願っています。しかし、この堕落した世界では、悲劇や災難が一瞬にして襲いかかることがあり、この願いをかなえることは容易なことではないかもしれません。

今週、私たちは、「成功」という概念を、基本的なスチュワードシップ〔神から預けられているものを忠実に管理する責任〕と金銭管理の原則という観点から 見ていきます。私たちがだれであろうと、どこに住んでいようと、好むと好まざるとにかかわらず、金銭とその扱いは私たちの人生の一部です。「成功」を保証するわけではありませんが、それでも、経済的な成功を難しいものにさせる一般的な落とし穴や間違いを避けるのに役立つ、いくつかの実践的なステップとは、どのようなものでしょうか。

                                                                  

月曜日:この労働は明らかに罰ではありませんでした。それは、彼らにとって良いものとして計画されました。罪も死も苦しみも存在しないエデンの園であってさえ、神は人間が働く必要があることを知っておられました。

「アダムには園を世話する仕事が与えられていました。創造主は、アダムに仕事がなければ幸福ではあり得ないことをご存じでした。園の美は彼を大いに喜ばせましたが、それだけでは十分ではありませんでした。アダムには、身体の驚くべき器官を用いる労働が必要でした。もし幸福が何もしないことにあるのだったら、人は何の仕事もしない状態のままにされたことでしょう。けれども人をつくられたお方は、人の幸せのために必要なものをご存じでした。人をつくられるとすぐに、神は人に仕事を与えられました。未来の栄光の約束、そして人が毎日のパンを求めて苦労する命令は、同じ玉座から来ました」(『今日の光』2001年第3期「我らが高き召し」38ページ)。

しかし、堕落の後でさえ、(他のすべてのものと同様に)労働が罪によって汚されたとき、神はアダムにこう言われました。「お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ」(創3:17)。神は、「お前のゆえに」、すなわちアダムのゆえに土地を呪われたのです。それは、特に堕落した存在であるアダムにとって、労働が必要であるとのお考えからでした。

                                                                  

水曜日:「成功する」人生のもう一つのステップは、最終ステップです。このステッ プは、もし初期の決断が賢明で、予想外の出来事によって台無しにされていなければ、最も楽しいものになる可能性を秘めています。理想的な状況は、両親は子どもを自立した大人に育て、マイホームの支払いは終わり、交通手段は確保され、長期の債務もなく、高齢者家庭にとって十分な収入源がある状態です。

神はご自分の子らを、仕事と生活面において、より高い標準へと招いておられます。その標準とは、私たちの心に神の律法が記され(エレ31:33)、それが私たちの品性に反映されることです。社会が腐敗し、キリスト教の教えが弱まり、軽視されるにつれて、個々のクリスチャンが非難の余地がないように生き、 働くことは、さらに重要になるでしょう。聖書は言います。「名誉は多くの富よりも望ましく/品位は金銀にまさる」(箴言22:1)。

聖書は、神を敬う労働者がいたために、雇用者が祝福されているとの認識を持つ実例を記録しています。ヤコブが義父ラバンのもとを去り、家族と共に故郷に帰ろうとしたとき、ラバンは次のように願いました。「もし、お前さえ良ければ、もっといてほしいのだが。実は占いで、わたしはお前のお陰で、主から祝福をいただいていることが分かったのだ」(創30:27)。また、ヨセフがエジプトで奴隷として売られたとき、主人であるポティファルはヨセフの働きについて同じように注目し、彼にふさわしい報酬を与えました。

                                                                  

木曜日:世の中には、世俗的な金銭管理の専門家が数多く存在します。しかし、神は、私たちにゆだねられた資産の管理を彼らに相談しないように次のように警告されました。「いかに幸いなことか/神に逆らう者の計らいに従って歩まず/罪ある者の道にとどまらず/傲慢な者と共に座らず/主の教えを愛し/その教え を昼も夜も口ずさむ人。その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来 れば実を結び/葉もしおれることがない。その人のすることはすべて、繁栄を もたらす」(詩編1:1~3)。

主の教え(広義で神の御言葉)を愛する人は祝福されます。なんと単純なことでしょう。そして、その人は繁栄をもたらします。つまり、成功するのです。

                                                                  

今週は成功するために何を選んで行くのが良いのか考えます。そもそも成功とは何なのでしょうか。まわりから称賛されるような成果をあげることでしょうか。多くの財産を得ることでしょうか。今週の研究にも書かれていますが、わたしたちが作り上げたものが一瞬のうちに崩壊することだってあるのです。人間が考える成功は、その程度のものなのかもしれません。

次に考えられる成功は、何をしたかではなく「いかに生きたのか」かももしれません。わたしたちの歩んだ成果として、さまざまな結果が生まれてくるのです。どのようにして生きたのか、年数を経るとともに結果が見えてくるかもしれません。自分が高齢者の仲間入りをして定年退職が近づいて来ると、もっと学びを深めておけばよかったなど、積み上げて来なかったことに反省をしています。逆にコツコツと努力をしていた方には、結果として何らかの成果があるのではないでしょうか。

今週に暗唱聖句に、成功するための秘訣が書かれています。近道はありません。心から行って歩んで行く、そのような歩みは刺激的ではないかもしれませんが、平安な歩みなのです。木曜日の本文に財産管理について具体的に書かれています。収入にあわせた支出計画を立て、収入の中で生活する。給与の一部を貯金し無秩序な借金をさける。勤勉に働き、神さまに経済的に忠実であることなどが書かれています。そして最後に、この地上のことだけでなく、わたしたちの家は天国であること、そこに向かって歩むように勧められています。一獲千金を狙うような人生ではなく、与えられた仕事を着実に果たして行くこと、そのような歩みをすれば、必ず成果が生まれています。

社会福祉の働きをしていると経済的に困窮されている方々と多く出会います。いろいろな要因がありますが、ギャンブルやギャンブル的な投資などで失敗してしまい、その結果仕事ができなくなって、公的な年金などにも加入できなかったために、経済的に行き詰まってしまった方に出会います。人生は一度きりです。どのような人生を選ぶのはあなたなのです。けれども聖書の勧めは、今日でもわたしたちが幸せ歩む秘訣を教えています。