第13課 イスラエルの指導者たち 12月28日
暗唱聖句 「民は皆、帰って、食べたり飲んだりし、備えのない者と分かち合い、大いに喜び祝った。教えられたことを理解したからである」 ネヘミヤ8:12
今週の聖句 列王記上12:1~16、使徒言行録15:7~11、ヨハネ11:46~53、 ネヘミヤ記4:1~17(口語訳4:7~23)、エズラ記8:21~23、31、32
今週の研究 エズラもネヘミヤも、神と、神から命じられた務めを果たすことに献身した偉大な指導者の実例です。神に対する彼らの愛が、忠実な僕でありたいという願いを彼らのうちに呼び起こしました。実のところ、彼らの忠実さが今期の研究の中心部分でした。私たちは今週、聖書の中に見いだされる指導の実例に目を向けます。
月曜日:きょう私たちが読んだこととは違い、エズラとネヘミヤが神と強い結びつきを持っていたという事実は、疑いの余地がありません。エズラとネヘミヤに関するこれら二つの書に記録されている断食と祈りの回数は、聖書がほかの指導者に関して報告している回数を超えています。たとえすべてが完全でなかったとしても、彼らの指導のもと、民は神とともに歩んでいました。彼らの生活の方向は神に向いていました。その一方で、エズラやネヘミヤの影響力によって変わらなかった人たちがいたという事実は、私たち自身の信仰以外、ほかのだれの信仰も、私たちに究極的な変化をもたらさないということの証拠です。結局のところ、肉体を取られたイエスを目にし、彼が説教するのを聞き、彼の奇跡について証言したり、聞いたりする機会があったにもかかわらず、最終的に彼を拒んだ人たちのことを考えてみてください。確かに、人生における立場がどうであれ、私たちは果たすべき役割を持っており、良い方向か悪い方向へ導く影響を与える可能性があります。しかし最終的には、1人ひとりが神の前で自分自身の責任を取らなければならないでしょう。
火曜日:ネヘミヤは、ユダの人々を怯えさせようとした敵に立ち向かいました。彼は、人々に戦う準備をさせるために、指導力を発揮することで応じたのです。ネヘミヤは単に、「神よ、わかっています。あなたがすべてをしてくださいます」とは言いませんでした。そうではなく、彼は人々に自分たちのやるべきことをさせたのです。彼らは剣やほかの武器を手に取る一方で、同時に城壁を築くために働きました。ネヘミヤの指導のもと、ユダの人々は恐れで縮こまることなく、むしろ自分たちを守るために武器を手に取りました。ネヘミヤは人々を勇気づけ、彼らを信じ、彼らとともに働き、行動の責任を与えました。彼は責任を委譲し、割り振る際に、人々を力づけて仕事をさせました。しかしネヘミヤは、なすべきことを人々にただ告げて、その後、自分の部屋に行って隠れたのではありません。彼は人々とともに立ち、なすべき重労働をこなしたのです。
聖書には、神が人々に、「じっとして私が戦うのを見よ」とおっしゃるときもあれば、「行動するための準備をせよ。私があなたに勝利を授ける」とおっしゃる場合も多々あります。神の解放と祝福を見たいのであれば、私たちは自分の役割を果たさなければなりません。
木曜日:真の指導者は自ら進んで身を低くし、僕になる必要があります。有能な指導者は、名声を得るために「肩書」を求めたり、必要としたりしません。ネヘミヤは人々に自宅の扉を開き、惜しみなく与えました。彼は神への信仰を行動で示し、神に対する彼の驚くべき献身は、人々への模範でした。彼は強い個性とまじめな気質を持っていましたが、優れた者として自分をだれかの上に置くようなことは決してありませんでした。当時、彼はユダの国において最も高い地位にありましたが、物惜しみをしなかったのです。このようにして、彼はイエスの生き方と教えを反映しました。そのイエスは、最高の指導方法が他者に仕えることだと教えられました。イエスがそれを実行なさったのですから、私たちは自分の立場にかかわらず、同じことをする必要があります。
エズラ記とネヘミヤ記の今期の学びが終わります。みなさまはどのような出会いがありましたか?
今期の学びの第一回目で、エズラとネヘミヤは、同じ目的をまったく別の方法で遂行したと書きました。それが火曜日と、引用しませんでしたが聖書研究ガイドの木曜日の前半に書かれています。武器を取り、自らの立場を利用して様々な準備をしてエルサレムへ向かったネヘミヤと、神さまの守りを信じて護衛を付けずにエルサレムへ向かったエズラ、それぞれが神さまの守りを信じて最善と思われる道を選びました。指導者は、この決断をしなければなりません。
木曜日の引用文に「真の指導者は自ら進んで身を低くし、僕になる必要があります。」と書かれています。指導者は、民の上に立たねばなりませんが、神さまの前に謙遜にならねばなりません。エズラ記、ネヘミヤ記に記録されているできごとは、そのほんの一部でしょう。廃墟となった街の再建には、次々と多くの問題が起こったことでしょう。その中で、彼らが祈りを通して知恵を求めて前進をして行った姿に、わたしは今期一番励まされました。神さまは同じように、わたしたちのためにも働いてくださいます。この神さまを信じて、与えられた責務を果たして行きましょう。