第8課 神との契約 11月23日
暗唱聖句 「これらすべてを顧みて、わたしたちはここに誓約して、書き留め、わたしたちの高官、レビ人、祭司の捺印を添える。……わたしたちは決してわたしたちの神殿をおろそかにしません」 ネヘミヤ10:1、10:40
今週の聖句 ネヘミヤ記10:1~30(口語訳9:38~10:29)、創世記4:8~19、ヘブライ13:20、ヨシュア記24章、ネヘミヤ記10:31~40(口語訳10:30~39)、ヘブライ8:1~7
今週の研究 私たちは今週、ネヘミヤ10章においてイスラエルの人々が神と更新した契約に目を向けるとともに、聖書の中で結ばれた契約の歴史と重要性に関する一般的な情報について考察します。
日曜日:契約が重要だったのは、それが、罪深い人類への対処における神の物語の一部であったからであり、またそれが、人間との関係を神が切望しておられたことを具体的に示していたからです。契約はまた、神に献身したいという人々の願いを行動で示すことができるようにもしました。
残念なことに、この世は神を受け入れるよりも悪を多く受け入れ、忠実な者たちの一族が非常に少なくなってしまいました。そしてまもなく、人間を救うために約束された子孫を送ることで神が約束を果たすことのおできになる家族がいなくなったのかもしれません。その時点で、神は洪水によって介入されました。しかし、洪水はさらなる破壊、命の逆転、命を死滅させることでした。が、神は、人間がすでに損なってしまったものだけを滅ぼされたのです(創6:11~13)。
月曜日:洪水ののち、神はノアとそのあとに続く人たちとで一からやり直されました。神は彼らとも関係を持ちたいと望まれましたが、その関係の中心となるものが契約という考えでした。聖書は、神が人々と結ばれた七つの大きな契約を明らかにしています。
第一の契約:アダム(創1~3章)
第二の契約:ノア(創6~9章)
第三の契約:アブラハム(創12:1~3)
第四の契約:モーセとイスラエルの民(シナイの契約、またはモーセの契約として知られるもの、出19~24 章)
第五の契約:ピネハス(民25:10~13)
第六の契約:ダビデ(サム下7:5~16)
第七の契約:新しい契約(エレ31:31~34)
火曜日:ヨシュアによってなされた再契約にも、同じことが当てはまります。まず前文が述べられ、そこでは神が「イスラエルの神、主」(ヨシュ24:2)であるとされています。次に長い歴史的導入部が続き、そこではヨシュアが人々に、神がかつて彼らのために成し遂げてくださったことを思い出させています(同24:2~13)。この歴史のあと、規定または律法が列挙され(同24:14、15、23)、祝福と呪いが言及され(同24:19、20)、証人(証拠)が特定され(同24:22、27)、特別規定が述べられています(同24:25、26)。ここにおいても、契約の基本的な形が用いられていました。イスラエルに理解してもらい、彼らに、神が過去において彼らを導いてくださったことを示すだけでなく、契約の目的を支持するために彼らに要求されることを示すためです。
水曜日:共同体の目標は、彼らが契約を真剣に守ろうとしていることを実証することであり、それゆえ、神と他者との関係を築く具体的な方法を実行するのです。たとえいつも完全に契約を守っていなくても、彼らは、正しい習慣が未来に影響することを理解していました。もしイスラエルの民が正しい道を進もうとしているのであれば、彼らは、自分たちの目標を実現するのに役立つ習慣を身につけなければなりませんでした。もし彼らが神と親しく歩みたいと望むのであれば、安息日を大切にし、神殿の世話をすることは、そうした方向への重要な歩みでした。
残念なことに、彼らは誓いをしっかりとは守りませんでした。それはネヘミヤ記のこれまでの章で明らかなとおりです。しかし、たとえすべての人が契約を守ったのではないとしても、幾人かの人、あるいは多くの人は守りました。神の助けと、私たちの目を神に向け続けることで、私たちは正しい習慣を身につけ、正しい道を歩み続けることができます。
今週は、ネヘミヤの時代に神さまと結ばれた契約について、ネヘミヤ記10章から学びます。聖書は神さまとわたしたちが契約関係にあることを、くりかえして述べています。月曜日の引用文に聖書の中に記録されている多くの契約について書かれています。この他にも多くの契約が神さまと結ばれています。契約は相互に交わすものです。わたしたちは神さまと契約を結ばない自由もあるのです。全能者である神さまが、そこまでわたしたちの自由意志を尊重してくださっているのです。そしてもう一つ、水曜日の引用文の後半にもありますが、契約を履行した人もいましたが、背いてしまった人も多くいました。けれども神さまは、立ち返って再び神さまもとへ帰ってきた人たちと、契約を結びなおしてくださるのです。ここに神さまの愛が、永遠へ続いていることがわかります。
この契約で彼らは具体的な行動として、律法と安息日を守ることを約束しています。これは神さまの命令に従って生きることです。異教徒の他国人を娶らないは、神さまへの信仰を第一にすること、十分の一をささげるは、神さまを信頼して生きることの応答です。これは、神さまにとって必要なことではなく、わたしたちが幸せに生きるための道でもあるのです。
わたしたちも神さまを愛して従っているのなら、神さまの言葉に従っているでしょうか。もし神さまから離れてしまっていることに気づいたら、戻ってきてください。昔、契約を結びなおしてくださったように、あなたを迎えてくださいます。