安息日学校部

20190311安河内アキラ解説

2019年第3期「この最も小さい者ー助けを必要としている人たちへの奉仕」

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第11課 再臨にある希望を生きる 9月14日

暗唱聖句   「わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならないことを、あなたがたは知っているはずです」  コリント第一15:58

                                           

今週の聖句    ルカ18:1~8、マタイ24章、25章、Ⅰコリント15:12~19、

コヘレト8:14、12:13、14、黙示録21:1~5、22:1~5

                                           

今週の研究

その名のとおり、アドベンチスト―その到来とその王国を待つ人たち―は希望の民です。しかしこの希望は、未来の新しい世界にだけ関係しているのではありません。希望は未来に期待を寄せる一方で、現状を変革します。そのような希望を抱きつつ、私たちは未来に期待しながら今を生き、やがてこの世がなると予想される姿にふさわしい方法で変化をもたらすために働き始めるのです。

                                           

月曜日:未来について私たちが信じていることは、私たちの現在の生き方に重要な影響を及ぼします。私たちの世界の未来について神が約束しておられることへの健全な信頼は、活動的な関与を促すもの、豊かで深い人生や、他者に変化をもたらす人生のきっかけになるべきです。

                                           

火曜日:復活されたイエスをあかしすることは、最初の弟子たちを変えました。すでに触れたように、イエスは神の国を告げ知らせ、実演するために、すでに弟子たちを遣わしておられましたが(マタ10:5~8参照)、イエスの死は彼らの勇気を打ち砕き、希望を叩きつぶしました。その後、復活されたイエスによって与えられ(マタ28:18~20参照)、聖霊の到来によって力づけられた弟子たちへの命令は(使徒2:1~4参照)、この世を変え、イエスが建国された王国を実現する道へと彼らを導きました。

死の力と恐怖から解放された初期の信者たちは、イエスの名において生き、勇敢に伝えました(例えば、Ⅰコリ15:30、31)。死をもたらす悪は、苦しみ、不公正、貧困、あらゆる形の抑圧をもたらす悪と同じものです。しかしイエスと、死に対する彼の勝利のゆえに、このようなものはすべていつの日か終わります。「最後の敵として、死が滅ぼされます」(Ⅰコリ15:26)

                                           

水曜日:結局のところ、裁きの希望とは、神の中核的性質、人生、私たちが住む世界について人が信じていることに帰着するのです。すでに触れたように、私たちは、神が創造され、愛しておられる世界、しかし堕落してしまった世界に住んでおり、神はその世界で再創造の計画に向けて(イエスの人生と死を通して)ずっと働いておられます。聖書はそう主張します。神の裁きは、この世を正すことの重要な部分です。この世の多くの悪事の被害者たち―置き去りにされ、残忍に扱われ、抑圧され、搾取されてきた人たち―にとって、裁きの約束は確かに良い知らせなのです。

                                           

木曜日:その時まで、私たちはキリストにあってできることに努め、私たちが提供できるものを必要としている周囲の人たちを助けるために、自分の役目を(その役目は頼りなく、小さいかもしれませんが)果たします。それがどのようなもの(優しい言葉、温かい食事、医療的手助け、歯の治療、服の提供、カウンセリング)であれ、私たちにできることが何であれ、イエスが地上におられたときに示された親切な自己放棄、自己否定、自己犠牲をもって、私たちはそれを行う必要があります。
言うまでもなく、私たちの最善の努力にもかかわらず、この世界はますます悪くなりつつあります。イエスはそのことをご存じでした。しかしこの事実によって、彼は他者を助けることをおやめになりませんでした。そして私たちも、そのことによってやめるべきではありません。

                                           

今週は再臨の希望を抱きつつ、わたしたちがどのように生きるかについて考えます。今週の学びにありますが、「希望は未来に期待を寄せる一方で、現状を変革します。」とあります。希望はわたしたちが進むべき道を示してくれますが、今を生きねばなりません。現在の積み重ねが未来へとつながっていきます。そのために、わたしたちができることを果たして行くことはとても大切なことです。

また再臨の前に、預言には神さまを信じる者が苦しい経験をすることが記されています。それがどのようになるのかはわかりませんが、まわりの人々がわたしたちのことを集まって排斥するような事態になるかもしれません。そのような時に、わたしたちがその地域にとって無くてはならない働きをしていたら、きっと彼らはわたしたちのことを理解して守ってくださるのではないでしょうか。もちろんそのために、奉仕をするのではありませんが、わたしたちが今できる愛の奉仕を続けている時に、そのぬくもりが必ずだれかの心に残っていると思います。いつまでも続くのは信仰と希望と愛ですから。