安息日学校部

第4課 聴覚しょうがい者用 松下 晃大

2025年第2期「聖書の預言の学び方
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第4課 民族(その1) (4月26日)松下 晃大

◯暗唱聖句
権威、威光、王権を受けた。諸国、諸族、諸言語の民は皆、彼に仕え/彼の支配はとこしえに続き/その統治は滅びることがない。ダニエル7:14新共同訳

1.安息日午後
世界にはたくさんの国があり、それぞれに歴史があります。聖書は国の始まりと、人間が国を治めてきた歴史について教えています。しかし、人間の歴史は必ずしも順調に進んできたわけではありません。聖書が示す人間の歴史から、私たちはどのようなことを学べるのでしょうか。一緒に考えてみましょう。

2.日曜日:ニムロドとニネベ
創世記10章にはノアの子孫の記録が記されています。その中の8節にはニムロドという強いリーダーが登場します。ニムロドはバベルやニネベという大きな町を作りました。ニムロドは「主の御前に勇敢な狩人」(9節)として紹介されていますが、これはほめ言葉ではありません。ニムロデは神様の考えに反対し、自分の力で国を作り、神様の助けを求めることなく国を大きくしていきました。その後、バベルやニネベがどのような町であったかについては、聖書の記録から皆さんもごぞんじでしょう。

3.月曜日:アブラハムの召し
創世記10章にはたくさんの国の誕生も記されています。そして、国や民族が誕生したすぐ後に、神様はアブラハムを召し出されました(創世記12:1-9)。
神様はアブラハムを用いて、人間が支配する国とは違う国を作ろうと考えていました。その国は、人間ではなく神様が王となる国です。アブラハムの国の民は、神様を証しし、その栄光をあらわすことを大切にしているのです。

4.火曜日:あなたの求めたものが与えられる
アブラハムの子孫は増え広がり、イスラエル民族となりました。このイスラエルの民族には、他の国とは異なり、人間の王がいませんでした。しかし、しばらくするとイスラエルの民はほかの国のように人間の王を求めるようになります。

サムエル記上8章(8:4-22)には、王を求める民とサムエルのやりとりが記録されています。民は「ほかの国のように王様が欲しい!」と言い、サムエルは「王様を立てると徴兵や税金で苦しむことになる」と神様の言葉を伝えます。しかし民はその言葉を聞かず、最終的にイスラエルは人間の王を持つことになりました。その後、イスラエルの歴史は聖書に記されている通り、王の支配下で多くの苦しみを経験することになります。

5.水曜日:異邦人の支配者たち
民を支配する王について、新約聖書ではイエス様も弟子たちに警告をしています(マタイ20:25-28)。
しかし、キリスト教会の歴史の中においても、イスラエルの民と同じ過ちがくりかえされました。
紀元4世紀、ローマ皇帝コンスタンティヌスがキリスト教を受け入れ、自らクリスチャンであると公言しました。クリスチャンたちは迫害が終わることを喜びましたが、その後、教会と国が結びつくようになり、教会の姿や信仰は本来の形から変わってしまいました。力を持った教会は、異なる考えを持つ人々やほかのクリスチャンを迫害するようになったのです。

6.木曜日:異邦人への光
神様は、イスラエルの民を特別な目的のために選ばれました。それは、ほかの国々をさばくためではなく、神様の愛を伝え、人々を救うためでした。もしイスラエルの民が神様に従い、正しく生きていたなら、まわりの国々は平和を持ち、「あなたの神について知りたい!」と思ったことでしょう。しかし実際にはイスラエルの民は神様から離れ、まわりの国々は戦争を引き起こすようになってしまいました。
イエス様は、神様の愛と正しさを完全に示されたお方です。神様は、今も教会を通してすべての人に福音を伝えようとされています。そして、聖書はやがて神様の光が地上全体を照らし、イエス様の再臨が近づくと語っています。

7.金曜日:さらなる研究
長い歴史の中で、キリスト教会は少しずつ変わっていきました。最初はイエス様の教えに純粋に従っていましたが、ローマ皇帝コンスタンティヌスがキリスト教を受け入れると、教会は大きくなる一方で、本来の純粋な信仰が失われていきました。神様の教えよりも、人間の考えや伝統が優先されるようになったのです。
この歴史から、私たちは大切なことを学べます。信仰生活を続ける中で、知らないうちに神様の教えよりも人間の考えを優先してしまうことがあります。イエス様と弟子たちのように、純粋な信仰を忘れず、大切にしていきましょう。

話し合いのための質問
・ニムロドと彼が作った町の話から、私たちはどんなことを学べるでしょうか?
・アブラハムが神様に従ったように、私たちが生活の中で神様に従うにはどうしたらよいでしょうか?
・生活の中で、まわりの人々に神様の愛を伝えるために、どのようなことができるでしょうか?