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第6課 忠実な祭司イエス
1.安息日午後
大変な状況がやってくると、人は神様を疑い、信仰の成長を止めてしまうことがあります。霊的な世界において、止まってしまうということは、後退するのと同じくらい危険なことです。信仰の成長が止まる時、その人が神様から離れていくのは時間の問題だからです。
ヘブライ人への手紙は、そのような人たちに向けて書かれています。霊的に落ち込んでしまいがちな私たちへの警告はもちろんのこと、たくさんの愛情深い励ましがあるのです。
2.日曜日:御言葉のすばらしさを味わう
私たちは地上にいながらにして、天国の経験を味わうことができます。御言葉によっていろいろな変化が内に与えられる時、私たちは天国の経験の味見をしているのです。
イエスラエルの人々が荒野でマナを食べたように、私たちも聖霊の助けによって御言葉を食べましょう。眺めているだけでは何も分かりません。その約束を自分のものとして信じることで、その素晴らしさを経験できるのです。
3.月曜日:回復できないこと
罪は、捨てたはずの自己をもう一度拾おうとします。しかしそれは、神様からいただいた新しい命を捨てることになってしまうのです。ヘブライ人への手紙は、そのような人を「神の子を自分の手で改めて十字架につけ」ていると言っています。
クリスチャン人生には、十字架を背負うことが必要です。それは自己を捨てるということです。これは戦いであり、キリストが助けてくださらなければ、誰もこの戦いに打ち勝つことはできません。
4.火曜日:故意の罪のためのいけにえは残っていない
「霊を侮辱する」罪とは、正しいことを知っていながら犯す罪です。正しいことを教えるのは聖霊の働きですから、それを無視することは聖霊の声を無視することになるのです。
神様はどんな人でも、どんな罪でも赦したいと願っています。しかし赦しとは、神様だけで完結するものではありません。神様の赦しの働きに私たちがどう応えるかもまた、大切な要素なのではないでしょうか。
5.水曜日:もっと良いこと
ヘブライ人への手紙は、信仰生活における「善い行い」の大切さを教えています。救いの条件が人の行いであるということではありません。そのような善い行いが、神様に対する愛の最も重要な証拠になると言っているのです。
善い行いという外的は実をもたらすのは、信仰や忍耐という内的な成長です。それは土地と収穫の関係に似ています。収穫の充実は、土地が充実している証拠なのです。
6.木曜日:魂の錨なるイエス
キリストは、神様の約束が確かである保証です。キリストの十字架の死と復活、昇天によって勝利の座についたこと。これら全ては、神様の言葉に力があることを証ししています。私たちはキリストを通して、天の約束につながることができるのです。
7.金曜日:さらなる研究
弟子ヨハネと裏切り者ユダの人生を比べてみて下さい。2人とも長所と短所を持っていましたが、その運命は正反対です。なぜヨハネは自己に勝利し、ユダは自己に征服されてしまったのでしょうか。
どうすれば私たちは、ヨハネのように短所を持ちながらも、キリストの弟子として成長を続けることができるのでしょうか。