安息日学校部

第5課 青年用:下地英樹

2020年第2期「聖書をいかに解釈するか―神の言葉の理解の仕方」

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第5課 聖書のみ――「ソーラ・スクリプトゥーラ」下地英樹

  • 今週のポイント

今週は、聖書が私たちの唯一の基準であることについて学びます。

  • 聖書のみについて
    1. 「セブンスデー ・アドベンチストは、信仰と実践という重要な事柄は聖書のみによって解決すべきであるという、宗教改革の『聖書のみ』の原則を忠実に支持することによって、聖書の重要性を確認してきました」(副読本37ページ)。
    2. 「聖書のみによって信仰と実践全体を判断することは、プロテスタント宗教改革の標語と呼ばれてきました。……ルターは自分の立場を擁護し、こう書きました。『聖書のみ、地上のすべての書き物と教えのまことの教師です。……聖書を拒めば拒むほど、人が書いた書物や人間の教師の教えに満足するようになります』」(副読本37ページ)。
    3. ローマ・カトリック教会は、「カトリック教会のカテキズム」(カトリック中央協議会、2002年)内において、以下のように記しています。
      • 「聖書は、聖霊の霊感によって書かれたものとしての神の言葉です。」「聖伝は、主キリストと聖霊から使徒たちに託された神の言葉を余すところなくその後継者に伝え、後継者たちは、真理の霊の導きのもとに、説教によってそれを忠実に保ち、説明し、普及するようにするためです。」「したがって、啓示の伝達と解釈をゆだねられた教会が『啓示されたすべてのことについて自分の確信を得るにあたって、聖書だけに頼らないのはそのためです。それゆえ、どちらも同じ敬謙と敬意をもって尊敬されるべきものです』」(上掲書、31ページ)。
      • 「書きもの、あるいは口伝による神のことばを権威をもって解釈する役目は、キリストの名で権威を行使する教会の生きた教導権だけに任されています。」教会の教導権を持っているのはペテロの後継者、ローマ司教と結ばれた司教たちです」(上掲書、32ページ)。
    4. 「聖書記者たちは、聖書が首尾一貫した統一体であり、その中で大きな主題が展開されていると考えました。旧約聖書と新約聖書の間には不一致はありません。……旧約聖書は新約聖書の中で明らかにされており、新約聖書は旧約聖書を土台としています。このように、旧新両約聖書は、互いに光を照らし合うような相互関係にあるのです」(ガイド34ページ)。
  • エレン・ホワイトの著作物について
    1. 「エレン・G・ホワイト自身の見解によれば、彼女の著作物は、聖書と比べると、『より大きな光へと導く小さな光』(『アドベンチスト・レビュー・アンド・サバス・ヘラルド』1903年1月20日号、英文)でした。彼女の著作物は、真剣な聖書研究への近道でもなければ、それに代わるものでもありません」(ガイド37ページ)。
    2. 「エレン・G・ホワイトの著作物は、……聖書記者たちが受けたのと同じ霊感を受けていますが、その機能は聖書の機能とは異なります。彼女の著作物は聖書に追加されるものではなく、聖書に従属するものです。彼女は自分の書いたものが聖書の代わりになることをまったく意図していませんでした。それどころか、信仰と宗教的実践の唯一の基準として聖書を高く掲げていたのです」(ガイド37ページ)。
  • ディスカッションのためのテーマ
    1. わたしたちの生活の中で「聖書のみ」ではなくなってしまう事はありますか?その危険性について考えてみましょう。なぜ「聖書のみ」は重要なのでしょうか?
    2. セブンスデー・アドベンチスト教団HP内の「エレン・ホワイトの著作と霊感と権威」を確認しましょう。(https://adventist.jp/この教会について/エレン・g・ホワイトの著作の霊感と権威/)