安息日学校部

第3課 聴覚しょうがい者用 佐藤由歩

2022年第3期「試練を共にされるキリスト」

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第3課   鳥かご  佐藤由歩

 

1.安息日午後

聖書には、神様の導きに従ったにも関わらず、その人たちがさまざまな苦しみに置かれるような経験をする様子を見ることがあります。今週、私たちはさまざまな苦しみの中でご自身を示される神様の約束ついて学びます。

 

2.日曜日:行き詰まりから約束の地へ

出エジプト記13章21節を読んでみましょう。

「主は彼らに先立って進み、昼は雲の柱をもって導き、夜は火の柱をもって彼らを照らされたので、彼らは昼も夜も行進することができた。」

イスラエルの民が約束の地であるカナンを目指し、長い年月をかけて荒野を旅する中、神様は昼には「雲の柱」、夜には「火の柱」をもって絶えずイスラエルの民の行く道を導かれました。しかし、神様が最初にイスラエルの民を導き入れた先には海があり、背後にはエジプトから追ってきたファラオの軍隊が迫っていました。

ですから私たちは、神様の示される「柱」について行くということが必ずしも良いことばかりではないと感じてしまうかも知れません。しかし、そのように感じてしまう時、私たちは神様がこれまでの人生で私たちにどんな良いことをしてくださったかを思い起こすことが大切です。

 

3.月曜日:苦い水

さらに神様は、イスラエルの民をレフィディムへと導かれます。しかし、この導きが「主の命令」(出エジプト記17章1節)であるにも関わらず、そこには飲み水がありませんでした。以前、神様の導きのもとでイスラエルの民がマラを訪れた際、少なくともそこには水がありました。しかし、レフィディムには水さえなく、状況は悪化しています。そこで神様はモーセに「イスラエルの長老数名を伴い、民の前を進め。また、ナイル川を打った杖を持って行くがよい。」(出エジプト記17章5節)と言われます。このナイル川を打った杖とは、出エジプト記7章14節から25節における10の災いの最初に起こる「血の災い」からきています。エジプトに及んだこの災は、イスラエルの民を厳しい奴隷から解放するためのものでした。

この出来事もまた、困難の中にあっても神様がこれまでの人生で私たちをどのように助けてくださったかを思い起こす教訓があるのです。

 

4.火曜日:荒野における大争闘

ルカによる福音書4章1節から13節を読んでみましょう。イエス様がバプテスマのヨハネからヨルダン川でバプテスマを受けられた後、聖霊によって荒野へと導かれたことについて書かれています。そこで一体何があったのでしょうか? イエス様は悪魔から誘惑を受けられたのです。私たちにとって誘惑は非常に手ごわい存在です。なぜなら誘惑は、私たちが心から必要とするものに訴えかけ、いつも私たちが最も弱い状態にある時に襲ってくるからです。実際、イエス様は40日の間何も食べず、そのために空腹にあわれたと書いてあります。

ルカによる福音書4章のポイントは、サタンのすさまじい誘惑を受けるためにイエス様を荒野へと導いたのは聖霊であったということです。ですから私たちがサタンの誘惑にあう時、「自分は神様に正しく従っていないからこんな目にあうのかも知れない」と思ってはいけません。聖霊が直接私たちに誘惑を与えているわけではないからです。

 

5.水曜日:永続する遺産

ペトロ第一の手紙1章3節から7節を読んでみましょう。ペトロは私たちに、今はいろんな試練に悩まされると先に忠告しています。しかしそれはまた、「終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、神の力により、信仰によって守られています」(ペトロ第一の手紙1章5節)との約束に結びついています。私たちの目の前にある試練がどのようなものであっても、イエス様が私たちを天国へと導くためにやがて来られることを考えたら、何事も乗り越えることができるのです。なぜなら、イエス様がどのような人間も経験することのない辛く苦しい経験、つまり十字架に自らおかかりになられたからです。こうして私たちの罪が赦され、また永遠の命が約束されました。イエス様の死と復活により、私たちは生き生きとした希望を持つことができるのです。

 

6.木曜日:火による試練

非常に大変な青年時代を過ごしたアレックスの話しに耳を傾けてみましょう。順調だった計画が次々と潰され、誘惑と闘う中で自身の信仰に疑いを隠せないアレックスに対し、あなたは彼にどのようなアドバイスをしますか?

忘れてはならないことは、どのような苦しい状況にあっても神様の約束を信じ抜くことです。神様に従うからといって悩みや苦しみがなくなるわけではありません。現在も、神様に従う多くの人が、神様の導きを疑うような誘惑という危機を経験しています。しかし、「神御自身、『わたしは、決してあなたから離れず、決してあなたを置き去りにはしない』」(ヘブライ人への手紙13章5節後半)という約束を忘れない限り、私たちがつまずくことはありません。イスラエルの民に対して神様が水を与えたように、過去の神様の導きを思い起こし、信仰と忍耐を祈り求めるのです。

 

7.金曜日:さらなる研究

ガイド本文の『アドベントレビュー・アンド・サバスヘラレルド』を読み、なぜ神様が私たちに試練や誘惑にあうことをお許しになるのかを考えてみましょう。それは、「主は、私たちにご自身を現すことを願い、私たちの必要のための豊かな備えを示したいと望んでおられるので、私たちが無力であることを知り、主に助けを求めることを学ぶよう試練と失望をお許しになる」からです。

 

<質問>

過去にあなたをおそった苦しみや誘惑によって、自分や神様を疑った経験はありますか?その時、あなたを力づけた聖書の言葉はありますか?