第13課 惑星地球の再生 松枝重則
- 今週のポイント
日曜日 イザヤ65章は、イスラエルの民が神を愛し、神の愛によって「行動する愛」が与えられていれば、神が成就したかった預言です。「百歳で死ぬ者は若者とされ」(20節)と、まだ死が存在することからも、これは最終的な回復ではないことがわかります。
月曜日 神の民の大多数は神を礼拝していると言いながら「自分たちの道を選び、その魂は忌むべき偶像を喜」(3節)んでいる状態です。そのような時に「霊の砕かれた人 わたしの言葉におののく人」(2節)は顧みられ、「彼らはわたしの栄光を国々に伝える。」と神に言われるのです。
「御言葉におののく人」(5節)とは、神の御言葉である聖書を神の言葉として信じ行動する人です。
火曜日 「御言葉におののく人」(5節)の中で、「生き残った者を」(19節)神がつかわし、福音が、「すべての国、すべての言葉の民」(18節)に伝えられます。そして「あらゆる国民」(20節)に福音が伝えられ、異邦人と中から「祭司とレビ人」(21節)が立たされるのです。これはつまり異邦人の中から教会の霊的指導者が生まれるという預言です。
水曜日 1ペトロ2:9「しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統を引く祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです。」
私たちが神の力ある業を広く伝える時、私たちは王の系統を引く祭司となるのです。
木曜日 天地を創られた神を永遠に覚えて礼拝するために、神の民は天国でも週の七日目に安息日礼拝をします。
イザヤ65章17節以降の新天新地の預言は、イスラエル民族が神の言葉を信じて宣べ伝えていたら実現したものでした。ですから、この預言をそのまま本当の新天新地に当てはめることはできません。天国で「しかばねを見る」(イザヤ66:24)ことはないからです。
最も大切なことは、この新天新地の預言の成就はイエス・キリストを信じ、霊的イスラエルとされた私たちに託されているということです。預言の成就は私たちが神の言葉を信じ福音を伝えるか否かにかかっています。
- ディスカッションのためのテーマ
バビロンで奴隷となっていたイスラエルの民は、罪によって自分たちは神に忘れられてしまったのではと考え、イスラエルに帰る望みをなくしていました。そのイスラエルに対して「新しい天と新しい地」を与える、と神は約束されていたのです。
- 私たちもバビロンに捕らえられたイスラエルのようにあきらめていることはないでしょうか。
- 黙示録21:1-4は霊的バビロンが存在する現代に生きる私たちへの約束です。この約束は私たちにどのような希望と励ましを与えてくれますか?