安息日学校部

第1課 聴覚しょうがい者用 武田 将弥

2022年第3期「試練を共にされるキリスト」

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第1課   羊飼いの試練  武田 将弥

 

1.安息日午後

ソフィーさんの体験談です。ずっと友達だと思っていた男の人に、自分の知らないところで色々な悪口を言い広められてしまいました。後でそれを知ったソフィーさんはとても傷ついてしまったのです。

悲しくてたまらない気持ちになっていると、ベッドの上に置いてあった自分の聖書に気が付きました。ソフィーさんが聖書を開いてみると、詩編23編2~4節の「主はわたしを青草の原に休ませ、憩いの水のほとりに伴い、魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしく、わたしを正しい道に導かれる。死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖、それがわたしを力づける。」という聖句が出てきました。

この時のソフィーさんは、辛い気持ちで一杯だったので「こんなこと、あるはずがない!」と、きつい言葉が出てしまいました。でも落ち着いて考えてみると、たしかにこの聖句が言っていることは、その通りだと思えました。たしかに神様はずっと見守ってくれていますが、だからといって、悲しいことや辛いことが起こらなくなるわけではありません。なぜなら残念なことに、この地上ではサタンも邪魔をしてくるので、どうしても苦しみは起こります。

 

2.日曜日:旅のガイドである羊飼い

大昔から羊飼いのお仕事は、狼や熊などの恐ろしい獣に食べられないように羊たちを見守り、柔らかくて美味しそうな草や水のある場所に導きます。もし羊が迷子になったり、ケガをしたり、病気になったりすると、一生懸命にお世話をします。この羊飼いのお仕事は、イエス様の役割とそっくりです。羊飼いは動物の羊をお世話して導きますが、イエス様は私たち人間を導き、見守ってくださっているのです。

 

3.月曜日:旅の道のり

詩編の 23編 3節に「主は御名にふさわしく、わたしを正しい道に導かれる。」という聖句があります。この「正しい道」とは、最後のゴールが神様の国へと続く道なので、正しい道だと言えます。しかし、この正しい道だとしても、ずっと楽な道が続くわけではありません。時々、悲しいことや辛いことが待っています。でもこの正しい道がありがたいのは、神様がどんな時でも共にいてくださる道であるということです。神様は私たちが人生を進むことができるように手助けしてくれます。鍛えてくれます。神様が成長させてくださいます。

 

4.火曜日:予期しない回り道(その1:死の陰の谷)

あなたは今までの人生で、谷のどん底に突き落とされたような、つらくて悲しい状態を経験したことはありますか? まだ経験していない人は、これから体験することになるかもしれません。なぜなら誰の人生にも一度くらいは、必ずそういう経験が襲いかかってくるものだからです。

 

5.水曜日:予期しない回り道(その2:敵に囲まれた晩餐)

ダビデは詩編の 23編 5節に「わたしを苦しめる者を前にしても、あなたはわたしに食卓を整えてくださる。わたしの頭に香油を注ぎ、わたしの杯を溢れさせてくださる。」と書き残しています。

この聖句は、もしも私たちを苦しめる何らかの敵があった場合は、もうその敵を見るのはやめて、別なことに目を向けると良いですよと教えています。どうしても敵が気になってしまうかもしれませんが、敵にばかり心を向けるのではなくて、落ち着いて周りを見てみると、実は神様の素晴らしいプレゼントが沢山あったことに気がつくと思います。

もしもあなたが「いま自分はきっと死の谷のどん底にいるんだ。辛いなぁ、悲しいなぁ。神様どうしてなんですか?」と思った時、すぐには難しいかもしれませんが、気分転換をして別なことを考えたり、探してみたりすると、実は神様が守っていてくださったことに気がつけるかもしれません。なぜなら神様は「いつもあなたと共にいる。」と約束しておられるからです。

 

6.木曜日:旅の確かな約束

詩編の 23編 6節に「命のある限り、恵みと慈しみはいつもわたしを追う。(新共同訳聖書)」と書いてありますが、ここの「追う」という言葉には、原語では「迫ってくる」という意味があります。きっとこの聖句を残したダビデは、自分の信仰経験から、たとえどんな時でも神様が素晴らしい恵みをもって自分を支えてくださるということを証しているのです。

 

7.金曜日:さらなる研究

ホワイト夫人の書『各時代の希望(52章「よい羊飼い」)』のところを読みましょう。

「最後に勝利を得る者は、その信仰生活の途上に、恐ろしい患難と試練の時期があることを覚悟しなければなりません。…けれども、もし私たちが足もとの困難ばかりを見ないで、天に目を注いで進むなら、途中で気を失うようなことはありません。上を仰いで進んで行くとき、そこには、私たちを助けようとして手を差し伸べておられるイエスのお姿を認めることができます。その時私たちは、単純な信頼の中に手をイエスに差し出して、イエスに導いていただければよいのです。」(『青年への使命』51~52ページ)

もしも人生で困ったことが起こっても、必ず神様が支えてくださるので、どうか助けを求めて下さい。そして祈って下さい。

 

★振り返りの質問★

あなたは順境の時と、逆境の時と、どちらで霊的により成長してきましたか? 考えたことを話し合ってみましょう。