第5課 「わたしのもとに来なさい……」 7月31日
1.私たちの魂に休みを与えるというイエス様の約束
①マタイによる福音書11章28節。イエス様から私たちの魂のための休みを受け取るために、私たちの側で必要とされることは何ですか?
②動詞「来なさい」は、命令形です。それは、命令、あるいは、熱心な訴えです。なぜ、この招きは、そんなに緊急なのですか?
③誰でも休みを申し出ることはできます。私たちは、イエス様が約束を成就することができると、どのようにして確かめられますか? マタイによる福音書11章27節。
④人々がイエス様のもとに来て魂の休みを発見することを妨げるものは、何ですか? マタイによる福音書11章21~24節、ローマの信徒への手紙10章14節。
⑤私たちのイエス様にある休みを中断させようとする試みにおいて、サタンが、私たちを誘惑して取り上げるかもしれない重荷とは、何ですか?
2.イエス様が提示なさるくびき
①マタイによる福音書11章29、30節。くびきとは何ですか?「わたしの軛を負い(なさい)」とイエス様がおっしゃる時、彼は何を意味していますか?
②弟子は、学ぶ人です。私たちは、どんな教訓をイエス様から「学ぶ」必要がありますか?
③(イエス様から学ぶために)彼の弟子になるよう、あなたが召されたのは、いつですか? 彼の招きに応じてから、生活はどのように変化しましたか?
3.優しさと柔和さの模範となる
①マタイによる福音書11章29節。柔和で謙遜である、とはどういう意味ですか?
②使徒パウロは「キリストの柔和と優しさ」について話します(コリントの信徒への手紙2・10章1節、欽定訳)。イエス様の、私たちの模範となる柔和さと優しさの例をあげてください。
③イエス様の弟子にとって、柔和という特徴は、そんなに大切なのですか?マタイによる福音書5章5節、イザヤ書57章15節。
4.楽しいくびき
①マタイによる福音書11章30節。イエス様が申し出ておられるくびきは、なぜ「負いやすい」あるいは「楽しい」のですか?
②新約聖書は、善行で自分を救う試みを、「奴隷の軛」(ガラテヤの信徒への手紙5章1節)として表現しています。救いは、あなたの愛に満ちた憐れみ深い救い主のイエス様とつながることを通して、来る、と気づいたのは、いつですか?
5.軽い荷
①マタイによる福音書11章30節。私たちの重い荷物と交換で、イエス様が申し出ておられる軽い荷とは、どんなものですか?(ルカによる福音書10章2節を参照)
②イエス様のご生涯を振り返ってみましょう。失われた者たちのための彼の重荷の証拠を、どこに見ますか? ルカによる福音書19章10節。
③なぜ、彼の荷は軽いのですか? へブライ人への手紙12章1~3節。
④いかにして、失われた者たちをケアすることが、キリストの律法を成就することになるのですか? ガラテヤの信徒への手紙6章2節。
⑤イエス様を知らない人々のために重荷を感じた時のことをシェアしてください。あなたは、どのように向き合いましたか?