2021年第1期「イザヤ―わが民を慰めよ」
第10課 「信じえないこと」を行う 平賀和弘
- 今週のポイント
- 安息日午後:神のみ子であるイエス様が、「僕(しもべ)の身分に」なるという「信じえないこと」をすることによって全世界に救いの手を差し伸べてくださったことを学びます。
- 日曜日:「主の僕」(イザヤ50:10)であるイエス様は、馬鹿にされ暴力を受けられました。ところが、復讐したり、自分を救うことによって名誉を回復されなかったことを学びます。
- 月曜日:イエス様が痛ましい苦難を受けられたのは、罪のうちに沈み、失われた人類の救いを求めてやまない神様の信じがたいみ心のためであったことを学びます。
- 火曜日:なぜ、罪のないイエス様は苦しまれたのでしょうか。イエス様が苦しまなければならない理由はありません。イエス様が苦しまれたのは、人類の罪を負われたためであったことを学びます。
- 水曜日:イエス様は罪に沈む者たち、すなわち私たちを救うために自ら苦難の道を選ばれました。自らの選びによって苦難の道を選ばれたのは、神様の愛のゆえだったことを学びます。
- 木曜日:イエス様は、「とがの供え物」(イザヤ53:10)として、罪に対する十分な賠償を支払ってくださいました。また、犠牲になられ死なれたイエス様は、死からよみがえられ、ご自身に従う人たち(子孫)を見られることを学びます。
- 金曜日:イエス様は、十字架の上で私たちの罪を負ってくださいました。十字架は、罪の罰は死であること、律法を守り、また、人に永遠の命を保証していることを学びます。
- 用語解説
- 「とがの供え物」(木曜日参照)
神様への献げ物には、いくつか種類があります(レビ記7:37参照)。それぞれの献げ物は、救い主であるイエス様を指し示していました。「とがの供え物」は、「賠償の献げ物」あるいは「愆祭(けんさい)」とも呼ばれます。罪を犯した者は、賠償金を払わなければなりません。わたしたちは神様に対して故意に罪を犯すことがあります。その数は多く、わたしたちが支払わなければならない賠償金は途方もない高額なものです。しかし、神の小羊であるイエス様は、わたしたちの罪に対する十分な賠償を支払ってくださったのです
- ディスカッションのためのテーマ
- なぜ、正しい人が苦しむのか(火曜日参照)
不条理という言葉があります。ヨブは、突然、財産や家族を失い、自分自身も病気になってしまいました。ヨブは正しい人でした。なぜ、正しい人が苦しまなければならないのでしょうか。ヨブが経験したような不条理な出来事を、あなたは、経験したことがありますか。話し合ってみましょう。
罪のないイエス様が苦しまれました(イザヤ書53章参照)。そのおかげで、わたしたちにどんな希望が与えられているか話し合ってみましょう。