セブンスデー・アドベンチスト教会

重ねて祈る

重ねて祈る

「エリシャが家に着いてみると、彼の寝台に子供は死んで横たわっていた。 彼は中に入って戸を閉じ、二人だけになって主に祈った。 そしてエリシャは寝台に上がって、子供の上に伏し、自分の口を子供の口に、目を子供の目に、手を子供の手に重ねてかがみ込むと、子供の体は暖かくなった。 彼は起き上がり、家の中をあちこち歩き回ってから、再び寝台に上がって子供の上にかがみ込むと、子供は七回くしゃみをして目を開いた」(列王記下43235節、新共同訳)。

シュネムの裕福な婦人は、預言者エリシャを尊敬していたので、夫に相談してエリシャ専用の客室まで造りました。エリシャはシュネムに来るたびに引き止められ、彼女の家に滞在するようになりました。彼女の親切に報いようと、エリシャは、夫が年老いてもいまだ子供のいなかった彼女のために神にとりなし、その結果男の子が与えられます。

ところが数年後、可愛い盛りのこの子供が突然死んでしまうのです。彼女はその死を夫にも秘したまま、エリシャのもとに急行します。そして彼の足もとに伏し、その足にしがみついて訴えるのです。「私が子供を求めましたか。私を欺かないでくださいと言ったではありませんか」と。

神は期待していなかった命を与え、また取り去る、なぜそんな残酷なことをなさるのか。その訴えを受けてエリシャが、「子供をよみがえらせてください」と神の奇跡的な介入を求める姿を描いているのが冒頭の引用聖句です。エリシャは文字通り体を張って祈りました。

先月号の本誌特集記事で、三育の3中学に90名の新入生を求めた祈りのキャンペーンの結果が報告されました。62名の尊い魂が与えられたことのゆえに主を賛美します。熱心に祈りに参加してくださった方々、また全力を尽くしてくださった教育機関の皆様に心より感謝します。

教団、そして学校法人として、この結果をどのように受け止め決断すべきなのか、いくつもの会議で主の導きを祈り求めつつ討議を重ねました。最終的に315日の学校法人三育学院理事会において決議されたことは、特集の中に書かれている通りです。

アドベンチストにとっては伝道も教育も、信仰の継承という意味において本質的には同じものを目指しています。再臨を待望する神の子供たちを継続して生み出していく教育機関の衰退は、アドベンチスト使命の断絶につながります。エリシャが子供に体を重ねたように、私たちは神の奇跡的な介入を求め、心を重ねて祈りたいと思います。三育の中等教育機関は、私たちアドベンチスト信仰共同体の希望であり未来だからです。

*聖句は©️日本聖書協会

アドベンチスト・ライフ
2022年7月号
教団総理 稲田 豊