セブンスデー・アドベンチスト教会

教育の再生、教会の再生

教育の再生、教会の再生

昨年出版された『教育』の改訂版、『真の教育』(エレン・ホワイト著)に、「最高の意味において、教育の働きと救済の働きは一つです」(39ページ)という一文があります。教会と教育機関は人を救い、神のみ像を人の中に回復させるという共通の目的を持っています。教育の再生は教会の再生なしにはありえませんし、その逆もまた然り。特に日本でのアドベンチストの働きは、グレンジャー先生が芝和英聖書学校の看板を掲げたところから本格的に始まりました。学校から始まったのですから、教会と教育の結びつきは一層緊密なのです。

近年三育の各教育機関は、それぞれの存続を賭けた戦いを続けています。教師たちは心血を注いで努力しています。そしてまた、多くの教会が衰退して苦しんでいます。教育機関と教会の衰退は、深いところで繋がっています。ですから、将来の両者の再生も連動することになるでしょう。教会と教育のリバイバルを求めていく必要があります。しかし現状では、それぞれのリーダーはあまりにも多くの問題に圧倒され、何から手をつけてよいのか、わからなくなっているかもしれません。

「このほかにもまだあるが、その上に、日々わたしに迫るやっかい事、あらゆる教会についての心配事があります」(コリントの信徒への手紙二・11章28節)というパウロの言葉を共感を持って読む方も多いのではないでしょうか。自分をパウロに準えるのは不遜かもしれませんが、私もその1人です。

しかし私たちは、共同体の維持のために心血を注ぐあまり、共同体の使命が何か、そしてその使命が果たされているかということを深く考える時間もないのが現状でしょう。

イエス・キリストは、そのような私たちに直接語りかけておられます。「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう」(マタイによる福音書6章33節、口語訳)。

この言葉は、私たちキリスト者個人にだけでなく、キリスト者の共同体にも与えられています。
「これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである」(同6章32節、口語訳)。

これらのものは異邦人に必要であり、キリスト者には必要でないということではありません。しかし、目的と手段がひっくり返ってしまうことは、何としても避けなくてはなりません。私たちは神の国の到来と神の義の実現を第一にしていく必要があります。イエス・キリストの真実による神の義が私たちの間に日々建てられなければなりません。そして、その目的が果たされるために主は、必要なものをすべて与えると約束しておられます。

*聖句は©️日本聖書協会

アドベンチスト・ライフ2023年3月号
教団総理 稲田 豊