「神の声を聞く者」から「神の声を聞き分ける者」へ
「よくよく言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。門から入る者が羊飼いである。門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、付いて行く。しかし、ほかの者には決して付いて行かず、逃げ去る。その人の声を知らないからである」(ヨハネによる福音書10章1~5節)。
「あなたはモーセとアロンの手によって/ご自分の民を羊の群れのように導かれた」(詩編77編21節)。詩編記者は、神の民を羊の群れと表現しています。ヨハネによる福音書10章において、イエスはご自身について、「私は羊の門である」「私は良い羊飼いである」と言い、神の民である羊の群れに言及されました。
羊は、羊飼いの声を知っている
「羊はその声を知っているので、付いて行く」(ヨハネによる福音書10章4節)。
イエスは、「私は良い羊飼いである。私は自分の羊を知っており、羊も私を知っている」(同14節)と言われました。羊たちは羊飼いの声をよく知っており、知っているので付いて行くことができます。
羊は、ほかの人の声を知らない
「羊はその声を知っているので、付いてて行く。しかし、ほかの者には決して付いて行かず、逃げ去る。その人の声を知らないからである」(同4、5節)。
イエスは、羊たちはほかの声(ほかの者の声)を知らないので付いて行かない、と言われました。イエスに従う羊たちは、ほかの人に付いて行くことがありません。なぜなら、ほかの人の声を知らないからです。イエスの声だけを知っているので、ほかの人の声に従うことがないのです。
羊は、羊飼いの声を聞き分ける
「羊はその声を聞き分ける」(同3節)。
イエスは、ヨハネによる福音書10章で、「羊はその声を聞き分ける」と3回言われました。イエスに従う羊たちは、その声を聞き分けることができます。聞き分けることができる羊を、イエスは「私の羊」(同27節)と言われました。
最近、「私は神の声を聞いているのだろうか。それとも、自分がイメージする神の声を聞いているのだろうか」と考えることがあります。
私たちはクリスチャンです。イエスを見上げつつ、イエスに従って歩んでいます。人生の歩みの中で、「イエス様ならどうなさるだろうか」とか、「イエス様なら何と声をかけられるだろうか」と考えることがあると思います。イエスを模範とし、イエスのように生きることは、とても大切なことです。しかし、そのような思いの中で、「イエス様ならこうなさるだろう」とか、「イエス様ならこう言われるだろう」と考えてしまうことはないでしょうか。自分でも気づかないうちに、「自分のイメージするイエス様」に従おうとしてしまうことはないでしょうか。
これは、イエスと敵対したユダヤの宗教指導者たちが犯した間違いです。彼らは、自分のイメージする救い主を捨てきれず、イエスを十字架につけてしまいました。イスカリオテのユダも同じです。彼は、イエスの話をそば近くで聞いていたにもかかわらず、同じ間違いを犯し、イエスを裏切ってしまいました。
私たちは、十字架によって救われた後も、ご再臨まで罪の世界に生きています。罪の世界に生きている限り、どんなに神に従おうと決心しても、自己中心的な思いから完全に遠ざかるのは難しいことです。
神の声だけを聞く方法は、聖書しかありません。もちろん、祈りを通しても神の声を聞くことができます。また、自然を通して神の声を聞くこともできますし、自分自身の経験を通して神の声を聞くこともできます。しかし、私たちが罪の世界に住んでいる現実を忘れてはいけません。もしかしたら、神の声以外のものが混じっている危険があることを覚えておく必要があります。
しかし、聖書は違います。私たちがみ言葉を謙虚に学ぶとき、聖書を通して神の声だけを聞くことができます。神との毎日の交わりを通して、その声を聞き続けるとき、私たちは神の声を聞き分けることができるようになるのです。
「1週間分のニューヨークタイムズに含まれる情報は、18世紀の人が生涯に出会う情報より多い」(『セブンスデー・アドベンチスト教理講座』10課4頁)そうです。現代社会は情報に溢れています。終わりの時代には、さらに多くの情報を見聞きするかもしれません。情報が溢れている世界で、神の声だけを聞くことは決して簡単ではありません。しかしイエスは、「羊はその声を聞き分ける」とはっきり言われました。その言葉を信じ、聖書を読み続けていきたいと思います。そして、自分のイメージするイエスではなく、聖書に書かれているイエスを見上げつつ、神の声を聞き分ける者となりたいと思います。
「神のみ言葉によって祈る」
2023年の『10日間の特別祈祷』の中に、「神のみ言葉によって祈る」という祈りの方法が紹介されていました。聖書のみ言葉からキーワードを抽出し、その言葉に基づいて祈るという方法です。とてもすばらしい方法です。この方法に出会い、私の祈りは変わりました。聖書のみ言葉から祈る方法を実践し、神の声を聞き分ける訓練をしたいと思います。その方法に基づいて、お祈りさせていただきます。
声を聞き分ける
「門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す」(ヨハネによる福音書10章3節)。
天の父なる神様、私を導く羊飼いとしてイエス様をお与えくださったことを感謝いたします。私は羊飼いの声だけを聞きたいと願っています。しかし、この世界には情報が溢れております。どうぞ、あなたの声を聞き分ける知恵をお与えください。聖霊のお導きによって、神様の声だけに関心を持ち、その声に従って行くことができるようにお導きください。必要のない情報を私から遠ざけてください。我らの救い主、イエス様のみ名によってお祈りいたします。アーメン。
*聖句は©️日本聖書協会
下地英樹/しもじひでき
1986年1月30日生まれ。沖縄の石川教会、金武教会でのバイブルワーカー、パラグアイのアスンシオン日本人教会での働きを経て、2013年より日本での牧会を始める。豊橋教会、刈谷教会を経て、現在は盛岡教会、秋田教会、山形教会牧師。
アドベンチスト・ライフ2023年3月号