セブンスデー・アドベンチスト教会

キリストの弟子のしるし

キリストの弟子のしるし

「わたしは、新しいいましめをあなたがたに与える、互に愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。互に愛し合うならば、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての者が認めるであろう」(ヨハネによる福音書13章34、35節)。

「信徒は弟子に」と、私たち日本教団は目標を掲げています。イエス・キリストは、自分の弟子のしるしは互いに愛し合うことだと言われました。教会はキリストの弟子の共同体であり、互いに愛し合い、さらにその隣人・地域社会を愛していこうと努めます。先月号の「特集―教会は光と塩に」の中で、多くの教会がその隣人・地域社会を愛していこうとしている様子が報告されていました。各機関も地域社会において、人々を愛する具体的な奉仕の業に励んでいます。

イエス・キリストは、マタイ24章において、終わりの時代には「不法がはびこるので多くの人の愛が冷える」と予告なさいました。社会の分断が進んでいます。インターネットがその傾向に拍車をかけました。敵味方を峻別して内の結束を図る手法が政治に常用され、同じマインドが一般社会にも広がっています。教会の中でも同じことが起こりえます。私たちはお互いに信頼し合う基盤を徐々に失っているようです。まさしく不法がはびこるので愛が冷えているというイエス・キリストの預言が成就していると言えます。

しかしイエスはまた、「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」と約束しておられます。何を耐え忍ぶのか、文脈から言えることは、耐え忍んで愛を信じ続けることです。神の愛の真実を、イエス・キリストを信じ続けることです。

哲学者ホッブスの言った「万人の万人に対する闘争」という社会の崩壊を避けるために、権威の強化が必要だと主張する声がこれからますます強くなるでしょう。人権や良心の価値より安全保障を優先すべきとの声はすでに広がっています。その中でなお私たちを罪から救い、罪人をキリストの愛の弟子へと救済し、変革していく主なる神の救済の業を、教会は体験します。そして、愛し合いなさいという主イエスの命令に日ごとに従っていきます。その神の愛のリアリティが教会で実現していることを疑わないことです。そのことによって、私たちは終わりの時代に希望の証人となり、神の子となります。パウロがローマ8章で予告した通りです。

「被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる」(ローマ人への手紙8章19節)。
世界は神の子たちの出現を待っています。分断された世界、そして強権による救済を求める世界が、実は心の奥底では、キリストによって愛され、愛し合うキリストの弟子たちの出現を待っているのです。

*聖句は©️日本聖書協会口語訳を使用

アドベンチスト・ライフ2023年4月号
教団総理 稲田 豊