1月に開催された全国牧師会は、私にとって素晴らしいリバイバルの機会となりました。世界総会牧師会長のジェリー・ペイジ先生の最初の講義の最中、次の講師のアンドリュース大学教会のドワイト・ネルソン牧師が、次の講義を休憩なしに始めていいかと問うてきたのです。聖霊のバプテスマの必要性を説いたペイジ先生に間髪入れず、その重大性をネルソン牧師は日本の牧師たちに訴えたかったのです。
キリストは、教会が人類救済という使命を果たすにはまったく無力であることをよくご存じでした。それで昇天前に驚くべき約束を弟子たちに与えられたのです。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(使徒言行録1章8節)。教会は、聖霊のバプテスマを受けたときに想像を超える証と救霊の力を与えられるのです。
弟子たちは、約束の聖霊の注ぎを求めてあの二階座敷で必死に祈りました。教会は心を合わせて熱心に祈ったのです。そして10日後にあのペンテコステの経験が与えられました。無学で平凡な人間であった弟子たちが、大胆にキリストの福音を語って人々の魂を揺さぶり、1日で3000人もの回心者を生んだのです。この話は2000年前の伝説ではありません。現代のこの日本でも起こりうることなのです。いま日本の教会に必要なのは、聖霊の注ぎ、日ごとの聖霊のバプテスマです。
キリストは、弟子たちに聖霊を求める祈りの姿勢、態度を次のように教えられました。「そこで、わたしは言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。……天の父は求める者に聖霊を与えてくださる」(ルカによる福音書11章9〜13節)。ここで言われる「求めなさい」は、ギリシャ語では「求め続けなさい」という意味を含み、「探し続けなさい」「門をたたき続けなさい」と執拗な祈りの態度、姿勢を示唆しているのです。
私たちは、もっともっと熱心に執拗に日ごとの聖霊のバプテスマを求めるべきです。遠慮はいりません。神は、私たちに力を与えたいと望んでおられるのです。そして、私たちの大胆なキリストの証と、その証による一人でも多くの人々の救いを祈っておられるのです。
ネルソン牧師は、私たちに聖霊を求める祈りを教えてくれました。その祈りは、日本語で伝えられました。「聖霊の神さま、来てください!」。この祈りを日ごとに祈りましょうと訴えられたのです。帰国後アンドリュース大学教会の礼拝で、日本の牧師会の報告と共に、彼は会衆にこの祈りを日本語で共に祈ることを促し、会衆一同「聖霊の神さま、来てください!」と祈ったのです。かの教会は日本の伝道のために祈ってくれています。
全日本18マラナ・タに向かって、日ごとに心を合わせ熱く祈りましょう。
「聖霊の神さま、来てください!」
教団総理 島田真澄 アドベンチスト・ライフ2018年3月号