安息日学校部

第7課 聴覚しょうがい者用 柳 鍾鉉

2024年第1期「詩編

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第7課  あなたの慈しみは天にまで及び  柳 鍾鉉

 

1.安息日午後

[暗唱聖句]

主よ、わたしはもろもろの民の中であなたに感謝し、もろもろの国の中であなたをほめたたえます。あなたのいつくしみは大きく、天にまで及び、あなたのまことは雲にまで及びます。(詩篇57:9、10 口語訳)

 

★神の前で人間の命は草のように※1はかないものですが、神は人間を憐れみ、助けてくださいます。それで今週、詩篇の言葉を通して神の恵みと愛を新たに体験することで、私たちの造り主なる神を礼拝し、神に仕える者になる決意が強められることを祈ります。

※1はかないもの:草はいつか枯れてしまうのと同じく、人間も老いて死んでしまう命の短さを悲しく思うこと

 

2.日曜日:慈しみはとこしえに

もろもろの神の神に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。もろもろの主の主に感謝せよ、そのいつくしみはとこしえに絶えることがない。(詩篇136:2、3 口語訳)

 

★詩篇136篇は、「慈しみはとこしえに」という言葉の表現が26回繰り返されており、神が変わることなく、自分に従う民をいつも見ておられ、恵みの契約(神とイエスの間に立てられた十字架の贖いの契約によって救いを与えられること)を約束しておられます。

 

3.月曜日:私の内に清い心を創造してください

神よ、わたしのために清い心をつくり、わたしのうちに新しい、正しい霊を与えてください。わたしをみ前から捨てないでください。あなたの聖なる霊をわたしから取らないでください。(詩篇51:10、11 口語訳)

 

★殺人と姦淫(不倫・浮気)の罪を犯したダビデ王は、神の前に心を差し出し(悔い改めること)、罪の赦しを求めました。赦しは神の特別な恵みの賜物(プレゼント)です。ダビデ王は、神だけが「バラー」することができ、神だけが悔い改めた人の心に清い心をつくられることを知っていました。 *「バラー」はヘブライ語で「創造する(創り出す)」という意味です。

 

4.火曜日:主よ、あなたが罪を心に留めるなら

主よ、あなたがもし、もろもろの不義に目をとめられるならば、主よ、だれが立つことができましょうか。(詩篇130:3 口語訳)

 

★罪を犯した人間はいつも不安で心に平安がありません。心の平安は神からの罪の赦しによって与えられるからです。詩篇記者は、罪の記録を消す神からの赦しを求めています。そして次のように祈ります。「わたしは主を待ち望みます、わが魂は待ち望みます。そのみ言葉によって、わたしは望みをいだきます。」(詩篇130:5 口語訳)

 

5.水曜日:威厳と憐れみに満ちた神への讃美

主をほめたたえよ。主のしもべたちよ、ほめたたえよ。主のみ名をほめたたえよ。(詩篇113:1 口語訳)

 

★詩篇記者は神の威厳(立派すぎて近づくことができないと感じさせること)と憐れみを讃美しています。なぜなら、神は貧しい人、乏しい人、虐げられて(いじめられて)いる人たちを憐れみ、救い出すことによって、ご自分の御名が高く上げられるからです。

 

6.木曜日:主の御計らいを忘れてはならない

わがたましいよ、主をほめよ。そのすべてのめぐみを心にとめよ。主はあなたのすべての不義をゆるし、
あなたのすべての病をいやし、(詩篇103:2、3 口語訳)

 

★御心に留めるというのは、単に認識しているということではありません。それは行動で表現される深い関わりを伴います。神はご自分の民を救い、支えてくださいます。では、人は神の愛に満ちた優しさにどのように応えれば良いのでしょうか。この聖句の「心にとめよ」については、理解するということではありません。神から受けた恵み(赦しと癒し)を忘れることなく、心に留め、感謝と讃美の礼拝を献げることです。

 

7.金曜日:さらなる研究

人はただ、神の愛といつくしみ、父親のような優しさを悟っただけでは十分ではありません。また神の掟にあらわれた知恵と正義とをみとめ、掟がいつまでも変わらない愛の原則に基づいていることを認めただけでも十分とは言えません。・・・こうした人への答えは「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ1:29)というみ言葉以外にはありません。(『キリストへの道』の「キリストの必要」の章の中から)

 

〈話し合いのための質問〉

★神の憐れみが永遠に続くという事実(本当のこと)は、人々の救いに関して、どんな実際的(本当の)意味を持ちますか。神の赦しと癒しをいただいた者はこの世でどのような生き方をしますか。