安息日学校部

202102005安河内アキラ解説

2021年第2期「約束―神の永遠の契約」

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第5  約束の子どもたち 5月1日

 

暗唱聖句
「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
マタイ28:20

                                           

今週の聖句
創世記15:1~3、イザヤ25:8、1 コリント2:9、黙示録22:1~5
1ペトロ2:9、創世記11:4、創世記12:2

                                           

今週の研究  なぜ主はご自身を「アブラムの盾」であると言われたのでしょうか。「地上のすべての氏族」はどのようにしてアブラハムを通して祝福されるのでしょうか。すべての契約の中で最も大いなる契約は何でしょうか。

                                           

日曜日:ここで特に興味深いのは、主がアブラムに「わたしはあなたの盾である」と言われていることです。人称代名詞〔あなたの〕は通常、個人的な関係を表すために用いられます。神は彼と一対一の関係を望まれましたが、私たちに対しても同じです。
神の名称として「盾」が用いられるのは、聖書においてここが最初です。聖書中、他の聖書の記述が神についてこの言葉を用いることはあっても(申33:29、詩18:31〔口語訳30 節〕、84:10〔口語訳11 節〕、144:2)、神がご自身を表すためにお用いになったのは唯一ここだけです。

                                           

月曜日:「地上の氏族はすべて、あなたとあなたの子孫によって祝福に入る」(創28:14)。
「あなたがたは、もしキリストのものだとするなら、とりもなおさず、アブラハムの子孫であり、約束による相続人です」(ガラ3:29)。

主は一度ならず、アブラハムに、彼の家系、彼の子孫によって地上のすべての国民が祝福されると言われました(創12:3、18:18、22:18)。なぜなら、すべての約束の中で、この約束は最も重要なもの、最も永続するもの、他のすべての約束を価値あるものとする約束であるからです。これは主がその民を通して真の神とその救いのご計画について「地上のすべての氏族」に教えたいとお望みになった、ユダヤ民族の出現を意味する約束だったのです。さらに、この約束は、アブラハムの家系に生まれ、「地上のすべての氏族」の罪の代価を十字架においてお支払いになるお方であるイエス・キリストによってのみ完全に成就することを意味していました。

                                           

木曜日:救いの計画は、私たちのためのキリストの行いのみをより所としています。それでもなお、私たちには神の恵みの受け手として、なすべき役割があります。私たちの自由意思がその鍵となります。各時代を通じて続いてきた神とサタンの間の闘いは、今もなお私たちの中に、そして私たちを通して続いています。人類と天使たちは共に、この争闘に巻き込まれた私たちに何が起きているのかを見守っています(1コリ4:9)。このように、私たちの存在と言動が、はるか遠く、私たちの生きる世界とはかけ離れた宇宙にまで影響を与え、この〔壮大な〕闘いの展開に大きく関かかわっているのです。私たちの言葉、行為、態度でさえ、私たちのためにこれほど多くのことをしてくださった主に栄光を帰す助けにもなり、主と御名の恥ともなるのです。ですから、主がアブラハムに、彼の名を高めると言われたとき、主は、世的な名声を言われたのではありません。神の目から見て人の名を高めるものとは、品性、信仰、服従、謙遜、そして他者への愛であり、これらの特性は、世の中で重んじられるものではありますが、通常、人の名声を高める要素とは考えられないものです。

                                           

まとめ:約束! それは信じる者にとってなんと尊いものでしょうか。約束、それは成就するのでしょうか。信仰は、「はい」と信仰によって答えることができるのです。

                                           

日曜日の学びで、創世記15章1節「わたしはあなたの盾になる」(口語訳)について学びます。盾が必要なのは、生きていく以上様々な苦しみがあるからです。人生には、こちらの事情には関係なく様々な苦しみが降って来るものです。けれども、その多くを神さまが盾となって守ってくださっているのでしょう。親は、子どものために盾となります。それは愛しているからに他なりません。神さまが盾となるとおっしゃるのも大いなる愛の心からです。

盾を使う時は、戦いの最中です。後退して行っては戦いには勝てません。敵の攻撃を防御しながら前進をしなければならないのです。盾になるのは守りだけでなく、勝利に向けてともに前進してくださる約束でもあります。

先週の第4課から来週の第6課まではアブラハムとの契約について学びます。神さまはアブラハムにくりかえして祝福の約束をしています。(創世記12,15,18,22章) 彼の人生の中で、それぞれの時に神さまは約束の再確認をされています。それはそれだけ確かなことだからです。毎回書いていますが、神さまとの契約を結ぶためにはわたしたちも信じるという応答する行為が必要となります。神さまの盾を信じて、人生を歩み続けるのです。キリスト教は人生の最期に何を信じているのかと問われる宗教です。盾である神さまを信頼して人生を全うする人を、神さまはわが子よと天国へ迎え入れてくださるのです。