安息日学校部

第4課 青年用:松本 裕喜

2021年第3期「キリストにある休み」

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第4課  休みのコスト  松本 裕喜

  • 今週のポイント
    1. 今週はサムエル記下11-12章にあるダビデの過ちと改心から学びます。ダビデは誘惑に負けて欲望を行動に移しました。「律法は安全を確保し、保護するものとしてある」とガイドに説明されているように、律法は私たちを守る囲いのようなものですから、そこから外に出ることは危険です。また、すべての人間は立場がどうであれ、皆罪を犯す傾向を持っています。そのことは謙虚に認めなければなりません。
    2. ダビデの罪は他人に迷惑をかけた以上に、神に対してなされたものであることにダビデは気づきました。罪を犯している最中はそのようなことには気づきません。人が罪を犯すと「神の御名が汚される」という言い方をよくします。これは、人が神の祝福を受けておきながら神に逆らう時に、周囲からすれば、神は何のためにその人を祝福されたのかと人に疑問を抱かせることになります。また、ダビデがやってるんだから自分もこれくらいいいだろうと、他の人が罪を犯すことに抵抗をなくしてしまいます。「あなたはこのことによって、主の敵に大いに侮りの心を起こさせたので」(Ⅱサムエル12:14、新改訳)とあるので、神を侮っただけでなく、他の人にも影響していることがわかります。
    3. ダビデの罪は赦されましたが、罪の結果は刈り取らなければなりませんでした。自分の罪の結果を目の当たりにしてダビデは苦しみましたが、それでも神の恵みの中に平安を見出すことができたのは、罪の破壊力を遥かに超えたキリストの十字架による赦しと癒し、回復の力を見出したからでした。ですからダビデは詩編51:12で清い心と新しく確かな霊を授けてくださいと願っているのです。そうでなければ、自分はまた簡単に罪を犯してしまうとダビデは知ったのです。神の恵みによって生かされるのでなければ、罪に勝利することもできないとダビデは知ったので、新しく造り変えられることを求めました。
    4. 罪を犯したことが神の御名を汚し、他の人に神を誤って伝えることになります。反対に、神に罪を赦されたことは、神が憐れみ深いお方であることを他の人に伝えることになります。詩編51:9にはヒソプという植物が出てきますが、ヒソプとは「路傍に生える雑草であるが、花は香らない。しかし、もし葉をちぎるならば、かんばしい香りを放つのである。傷つけられると香る草、ヒソプはそういう草である」。十字架のキリストこそ、私たちを救う、救いの香りを放つものです。そして、そのキリストの救いの香りを受けた者は、同じ救いの香りを放つ者として用いられるのです。

 

  • ディスカッションのためのテーマ
    1. あなたが罪の意識から解放された喜びと楽しみを経験していないとすれば、何があなたを妨げているのでしょうか。
    2. 1ヨハネ1:9の約束を、どのようにあなたの生活に当てはめることができるでしょうか。この約束があなたのものであることを、どのように実感できるでしょうか。