セブンスデー・アドベンチスト教会

私たちの交わり

私たちの交わり

「すなわち、わたしたちが見たもの、聞いたものを、あなたがたにも告げ知らせる。それは、あなたがたも、わたしたちの交わりにあずかるようになるためである。わたしたちの交わりとは、父ならびに御子イエス・キリストとの交わりのことである」(ヨハネの第一の手紙1章3節、口語訳)。

私たちの交わりとは、父ならびに御子イエス・キリストとの交わりのことだと、使徒ヨハネは明確に述べています。

「イエスはバプテスマを受けるとすぐ、水から上がられた。すると、見よ、天が開け、神の御霊がはとのように自分の上に下ってくるのを、ごらんになった。また天から声があって言った、『これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である』」(マタイによる福音書3章16、17節、口語訳)。

私たちは皆、イエス・キリストにバプテスマされました。* イエス・キリストと一つにされたのです。教会はイエス・キリストの体です。私たちは皆、イエス・キリストと一つの体になったのです。そのようにして私たちは、天のお父様と御子イエス・キリストとの交わりに入れられました。

御子イエス・キリストがバプテスマを受けた時、天のお父様は、「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」と呼びかけられました。イエス様にバプテスマされた私たちは、今も聖霊様によってその天のお父様の声を聞いています。聞くことを許されています。しかもこの言葉を、私たちに向けられた言葉として聞いているのです。

私たちはイエス様にバプテスマされた結果、今や天のお父様の愛する子であり、お父様の心にかなう者になりました。これは信ずべきことであり、あなたが獲得したり作り出せるものではありません。イエス様があなたをご自身にバプテスマすることによって、それはすでに事実なのです。

私たちの多くはコロナの流行によって、顔と顔を合わせて会うのを妨げられています。だからといって、私たちの交わりが存在しないわけではありません。私たちが交わりを作り出すのではありません。目には見えなくても、霊的な現実としてそこにあります。私たちはそれに参加することが許されています。すでにそこに入れられているのです。

自分が交わりを作り出すように思うとき、神様は直ちに私たちの傲慢を打ち砕き、幻滅を味わわせるでしょう。そして、すでにそこにある交わりを見いだすように導かれるでしょう。今まで軽んじていた見栄えのしない小さな兄弟姉妹の群れ、実はそれが大きな祝福であることを私たちは知るのです。

*ローマ6章3節の聖句より。原文を直訳すると「イエスにバプテスマされた私たち」となる。

*聖句は©️日本聖書協会

アドベンチスト・ライフ
2021年6月号
教団総理 稲田 豊