セブンスデー・アドベンチスト教会

あなたがたの手で食物をやりなさい

あなたがたの手で食物をやりなさい

「「……しかありません」
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの福音書のすべてに記録されている出来事があります。それは、5つのパンと2匹の魚の話です。
「それから日が傾きかけたので、十二弟子がイエスのもとにきて言った、『群衆を解散して、まわりの村々や部落へ行って宿を取り、食物を手にいれるようにさせてください。わたしたちはこんな寂しい所にきているのですから』」(ルカによる福音書9章12節)。
聖書には、「十二弟子がイエスのもとにきて言った」と書いてありますので、十二弟子全員が、群衆を解散させ、宿泊や食事は各自に任せたほうがよいという共通した意見を持っていたことがわかります。これは、弟子たちの考えでした。
この弟子たちの判断に対して、イエス・キリストは、「あなたがたの手で食物をやりなさい」と言われました。イエス・キリストは、弟子たちとは異なった考えを持っておられ、その関心は、常に一人ひとりに向けられていました。イエス・キリストは疲れ、空腹を覚えている群衆のことを心にかけておられました。どのような方法を用いてでも人々の必要を満たすことがおできになるキリストが弟子たちに向かって、「あなたがたの手で食物をやりなさい」と言われたのです。
そのイエス・キリストのお言葉に対して、弟子たちが言った言葉が次のように記されています。「弟子たちは言った、「わたしたちはここに、パン五つと魚二ひきしか持っていません」(マタイによる福音書14章17節)。「彼らは言った、『わたしたちにはパン五つと魚二ひきしかありません、この大ぜいの人のために食物を買いに行くかしなければ』」(ルカによる福音書9章13節)。弟子たちは、「わたしたちにはパン五つと魚二匹しかありません」と言いました。大勢の人を前にして、自分たちのうちにあるものはあまりにも少なすぎると思ったのです。

「それをここに持ってきなさい」

ヨハネによる福音書6章9節には、弟子のアンデレがイエス・キリストに話した言葉が記されています。「ここに、大麦のパン五つと、さかな二ひきとを持っている子供がいます。しかし、こんなに大ぜいの人では、それが何になりましょう」
私たちは、多くの人々を前にして、「人々の必要に応えることなど不可能ではないだろうか」「それは無理だ」と思ってしまうことがあります。これまで、「これだけの人数しかいません」「これだけの資金しかありません」と口にしてしまったことが何度あったことでしょうか。多くの人々の必要を考えるとき、私たちは圧倒されてしまいます。また、自分はその人々のためにいったいどのような働きができるのだろうかと考え、戸惑いを覚え、不安になり、心配になります。そして、弟子たちのように、私たちの手の中にあるものがほんのわずかなものであり、多くの人々の必要のために、これがいったい何の役に立つのだろうかと思ってしまいます。
人は大きいか小さいか、多いか少ないか等、見た目で判断し、比較することがあります。しかし、それは人間的な見方、考え方、判断です。イエス・キリストが弟子たちに言われた言葉は同時に、今日の私たちに向かって語られています。「あなたがたの手で食物をやりなさい」
弟子たちが、「わたしたちはここに、パン五つと魚二ひきしか持っていません」と言ったとき、イエス・キリストは、「それをここに持ってきなさい」と言われました。同じように、イエス・キリストは今日の私たちに向かって、「あなたの手にあるものをわたしのところに持ってきなさい」と言われます。私たちが神の働きに携わるとき、常に私たちの信仰が試されています。

私に託してくださったもの

弟子たちが自分たちの手にあったパン5つと魚2匹を差し出したとき、イエス・キリストはそれらを祝福なさり、その食物は何倍にも増えました。このようにして、イエス・キリストは人々の空腹を満たしてくださいました。
イエス・キリストは、5つのパンと2匹の魚をもって5000人を養うことを通して、弟子たちを訓練なさいました。弟子たちは、「それをここに持ってきなさい」とおっしゃったイエス・キリストのお言葉に従い、人々の必要のために自分たちが持っていたものを差し出しました。イエス・キリストに差し出した食物は、何倍にも増えました。そして、弟子たちはイエス・キリストの手から受け取った食物を人々に配りました。弟子たちは、イエス・キリストに差し出し、イエス・キリストから受け、人々に与えるという行為によって人々に奉仕しました。弟子たちはイエス・キリストのお言葉に従ったとき、人間の常識や考え、判断をはるかに超えたイエス・キリストの方法を体験しました。
「あなたがたの手で食物をやりなさい」とのイエス・キリストのみ言葉は、命令であり約束です。実際のところ、私たちが持っているものは私たちのものではなく、イエス・キリストが託してくださったものです。「これしかない」と嘆かずに、私に託してくださったものをキリストのところに持っていきたいと思います。そして、何倍にも増し加えてくださるとのキリストの約束を信じ、キリストから受けて、キリストが愛しておられる魂のための働きをさせていただきたいと思います。
「弟子たちは、キリストと民との間の伝達のチャンネルであった。このことは今日のキリストの弟子たちにとって大きな励ましでなければならない。キリストは大中心、すなわちすべての力のみなもとである。……われわれは、キリストから受けるものだけを与えることができる。われわれはまた、他人に与えるときにのみ受けることができる。われわれは、たえず与えるときに、たえず受ける。そして多く与えれば与えるほどますます多く受ける。こうしてわれわれは、たえず信じ、頼り、受け、与えることができるのである」(『各時代の希望』中巻146ページ、文庫版)。

*聖句は©️日本聖書協会

吉村 忍/よしむらしのぶ

沖縄教区内の教会を歴任し、防府教会、徳山教会、広島三育学院中学校チャプレン、神戸アドベンチスト病院チャプレンを経て、現在、アドベンチストメディカルセンターチャプレンおよびAMC時の森教会牧師。

アドベンチスト・ライフ2022年11月号