セブンスデー・アドベンチスト教会

10日間の特別祈祷「私たちの大祭司」第3日目「履物を脱いで」

10日間の特別祈祷「私たちの大祭司」第3日目「履物を脱いで」

10日間の特別祈祷「私たちの大祭司」第3日目「履物を脱いで」
いつ:
2018年1月12日 全日 Asia/Tokyo タイムゾーン
2018-01-12T00:00:00+09:00
2018-01-13T00:00:00+09:00

大祭司

3日目―履物を脱いで

「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」 出エジプト記3:5

祈りの時間の進め方の提案

讃美の祈り

  • 主よ、私たちは、あなたを讃美することによってこの祈りの時間を始めます。あなたは、類ないご品性と愛を持たれたお方だからです。
  • 私たちは、謙遜を身に着けられたキリストの模範のゆえにあなたを讃美します。
  • 私たちは、あなたを讃美します。なぜなら、あなたは、「高く、聖なる所に住み/打ち砕かれて、へりくだる霊の人と共にあり/へりくだる霊の人に命を得させ/打ち砕かれた心の人に命を得させる」(イザヤ 57:15)お方だからです。

 

罪の告白と罪への勝利を求める祈り

  • 父なる神よ、私たちが個人的に告白する必要がある罪を教えてください。私たちは、それらの罪を覆うあなたの勝利を求めます。
  • 私たちが謙遜な心を持っていなかった時があることを赦してください。
  • 自尊心のゆえに、罪を犯した事実とあなたの必要を十分に認めることができなかった時があることを赦してください。

 

嘆願と執り成しの祈り

  • 主よ、「神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます」(1ペテロ 5:6)という聖句の意味を私たちに教えてください。
  • 「わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」(マタイ11:29)この聖句をどう実行すればいいのか、私たちに示してください。
  • 私たちが謙遜を学ぶ必要がある人生の領域を示してください。
  • 主よ、言葉や行動によってキリストの品性を表すことができる、信仰深く、謙遜な教会の指導者たちを起こしてください。そして、祈り、励まし、喜んで仕えることでリーダーたちを支援するために何をどうすればよいのか私たちに教えてください。
  • 私たちの教会が、ヨハネの黙示録14章に記されている三天使のメッセージを、忠実、かつ、完全に宣べ伝えることができるようにしてください。このメッセージの中心にキリストの義をかかげることができるように私たちに知恵を与えてください。
  • 世界の大都市で「伝道センター」を立ち上げることができるように、私たちの取り組みを祝福してください。それぞれの都市の真の必要を知るための目を私たちに与えてください。必要に応えるための創造力を私たちに与えてください。愛することによって他者をあなたに導くためにはどうすれば良いか私たちに教えてください。
  • 主よ、私たちは、自分の人生、家庭、教会、地域で、リバイバルと改革が起こることをあなたに求めます。あなたの恵みが私たちを通して周りの人たちに伝わるように、まず、私たちの心を変えてください。
  • 主よ、今までかつてない、祈り求めることのできる心を与え、世界中のセブンスデー・アドベンチストを励ましてください。私たちが心を合わせて、聖霊の後の雨を求めることができるようにしてください。私たちは、ヨエル書2章、ホセア書6章、また、使徒言行録2章の約束が完成することを祈り求めます。
  • 主よ、私たちは、7人(あるいはそれ以上の人)のために個人的な祈りのリストを作成して祈っています。彼らが謙遜になり、聖霊の教えを受け入れることができるようにしてください。
  • 私たちは、ここに集まっている人たちの個人的な必要のために祈ります。

感謝の祈り

  • 主よ、あなたの約束を感謝します。あなたは、「裁きをして貧しい人を導き、主の道を貧しい人に教えてくださいます」(詩編 25:9)。
  • 私たちは、「へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順で」(フィリピ2:8)おられたキリストに感謝します。
  • 「名誉に先立つのは謙遜」(箴言15:33)であるあなたに感謝します。

 

推奨する讃美歌

“Live Out Thy Life Within Me” (SDA Hymnal #316)

「該当曲なし」

「恵み深き主のほか」(希望の讃美歌350番)

「ひとたびは死にし身も」(希望の讃美歌258番)

「わが主にすべてを」(希望の讃美歌151番)

“Leaning on the Everlasting Arms” (SDA Hymnal #462)

「主のみ手に頼る日は」(希望の讃美歌325番)

※Leaning on the Everlasting Arms(主のみ手に頼る日は)は、(#462→) #469になります。

「弟子にしてください」(讃美歌第二編173番)

 

履物を脱いで

「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから。」出エジプト記3:5

 

神様は、モーセに不遜に近づいてはならないと警告されました。履物を脱ぐという行為は、真の礼拝に必要な敬意を表わす態度を象徴していました。

 

神のみ前にくるすべての者の態度は、謙遜で敬神深いものでなければならない。(Patriarchs and Prophets, p. 252)

 

 われわれは、イエスのみ名によって、確信を持ってみ前に出ることができるが、あたかも神がわれわれと同等であられるかのように、無遠慮な態度で近くべきではない。近づくことのできない光の中に住み、偉大で、全能であられる聖なる神にむかって、あたかも同等か、あるいは目下のものに話しかけるような言葉を用いる人がある。また、神の家の中において、地上の王たちの謁見室では決してしないような不謹慎な態度をとる人がいる。… 神は大いに尊ばれなければならない方である。神のご臨在を真に感じる者はみな、そのみ前に謙虚に伏すのである。(Patriarchs and Prophets, p. 252)

 

 謙遜であるということは、何も知力に欠け、抱負もなく、おく病な気持ちで人生を送り、失敗することを恐れて責任を避けることではない。真の謙遜は、神の力に頼って神の目的を成就することである。(God’s Amazing Grace, p. 270)

 

「もっと豊かな恵みをくださる。」そして、こう書かれています。「神は、高慢な者を敵とし、/謙遜な者には恵みをお与えになる。」(ヤコブ4:6)

 

 神は御心にかなう人々を用いてお働きになる。神は大きな働きをするのに、最も卑しい器をお選びになる。それは、神の力が人間の弱さによって表されるためである。私たちは、標準を持っているために、それによって一つの事を偉大であるといい、他のものを小さいというのである。しかし、神は、人間の定規でおはかりにならない。人間が大きいと思うことを神も大きく思い、人間が小さいと思うことを神も小さく思われるもの、と決めてはならない。

 自分の功績を誇ることは、すべて見当違いである。…報酬は、働きによるものではなくて、全く恵みによるものである。それは誰も誇る者がないためである。…

 

 自己に王座を占めさせることの中に、宗教はない。自己に栄光を帰すことを目当てにするものは、キリストのために力ある働きを行わせる唯一のものである神の恵みに欠乏していることを見いだすことであろう。高慢と自己満足にふけると、必ず。働きはそこなわれるのである。…

 

 その私生活においてクリスチャンである者、日ごとの自己犠牲において、心の真実さと純潔において、罵られても柔和なことにおいて、信仰と敬けんにおいて、小さいことに忠実なことにおいて、家庭生活において、キリストの品性を代表する者、このような人は、世界的に名高い宣教師や殉教者以上に、神の前には尊いのである。…(God’s Amazing Grace, p. 270)

 

 「だから神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、かの時には高めていただけます」。全天は、神にすべてを捧げた者となって神に服従し、永遠の命のためにキリストのもとに来る人々と協力関係を結ばれる。神は、真に純潔で堕落していない原則を守るために神の力のうちに戦っている奉仕者が、王なるインマヌエルの血に染まった旗の下に立つように求めておられる。彼らは、すべての真のクリスチャンが歩まなければならない自己否定と謙遜の道からそれてはならない。彼らがこのように神と協力するとき、キリストが「栄光の希望」のうちにかたち造られる。柔和とへりくだりを身につけて、彼らは、神の働きを行うことが最も大きな喜びであることを知る。地上の野心は、主に奉仕したいという欲求にとって変えられる。 (Review and Herald, May 11, 1897, par. 14)

 

 私たちは、神に近づき、救い主を遠ざけている嫉妬と邪悪な憶測がないかどうかを確かめる必要がある。利己主義と自己満足は、イエスに逆らって心のドアを閉め、「私は、あなたのやり方ではなく、わたしのやり方でやります」と言わせる。神の御手の下で自分を低くしなさい。そうすれば、神は、あなたを高めてくださる。あなたの単純で、心からの告白は、冷酷で世俗的なものであっても、愛と喜びからでたものであっても、神によって聞かれる。そして、聖なる神の御目に写ったように、それらの罪を彼らは見るようになる。(Testimonies to Southern Africa, p. 78)

 

 主は、神の御心に従って自分自身が用いられたいと願う人を、ご自身の働きを行うために任命される。神は、他の誰かが謙遜になることを求めている人を、お用いになることはできない。兄弟たち、あなた自身が謙遜になりなさい。あなたがそうするとき、聖なる天使は、あなたと交わり、あなたを有利な地位に置くことが可能になる。こうして、あなたの人生は、誤ったものにかわって、喜びで満たされるようになる。あなた自身が神の導きに調和するように求めなさい。そうすれば、あなたは、聖霊の感化に敏感になる。(North Pacific Union Gleaner, March 23, 1910, par. 5)


※3日目のテキストです。ダウンロードしてお使いください。

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