セブンスデー・アドベンチスト教会

10日間の特別祈祷「私たちの大祭司」第2日目「主の聖なる者」

10日間の特別祈祷「私たちの大祭司」第2日目「主の聖なる者」

10日間の特別祈祷「私たちの大祭司」第2日目「主の聖なる者」
いつ:
2018年1月11日 全日 Asia/Tokyo タイムゾーン
2018-01-11T00:00:00+09:00
2018-01-12T00:00:00+09:00

大祭司

2日目―主の聖なる者

「あなたたちはわたしのものとなり、聖なる者となりなさい。主なるわたしは聖なる者だからである。わたしはあなたたちをわたしのものとするため諸国の民から区別したのである。」

レビ記20:26

祈りの時間の進め方の提案

讃美の祈り

  • 主よ、あなたがあなたでいらっしゃるがゆえに、私どもはあなたをほめたたえます。―あなたは力に満ち知恵にあふれ、いつくしみ深い愛なる御方です。
  • 私どもを聖めるためにひとりひとりを召してくださったので、あなたをほめたたえます。
  • 讃美します。私どもを聖くする御力を、あなたは備えておられるからです。

罪の告白と罪への勝利を求める祈り

  • 主よ、どの罪を公に告白し、どの罪を個人的に告白しなければならないのか、どうか教えてください。それらの罪に打ち勝てるよう、願い求めます。
  • 自分の力で罪に勝とうとしたことが何度もあった私どもを、お赦し下さい。
  • あなたの御品性を他の方々に表わせなかったことが何度もあった私どもを、お赦し下さい。あなたによって罪から引き離され、あなたに属する者とされていることを、私どもの生活がいつも示すことができますように。

嘆願と執り成しの祈り

  • 父よ、聖くあることの意味が何かを、私どもに示してください。あなたの聖さを顕わしください。
  • 「聖なる生活を抜きにして、だれも主を見ることはできません」(ヘブライ12:14)と言われている聖のためにどのように努めたらよいのか、私どもにお示しください。
  • 主よ、わたしたちの「霊も魂も体も何一つ欠けたところのないものとして守り、わたしたちの主イエス・キリストの来られるとき、非のうちどころのないものとしてくださいますように」(テサロニケ1・5:23)。
  • 私どもの内に清い心を創造してください。(詩篇51:12、口語訳・51:10)
  • どのようにして自分の体で神の栄光を現すことができるか、どうか私どもに教えてください。(コリント1・6:20)
  • 貧しく忘れ去られた人々の必要に応えることができるようADRAを祝福してください。
  • 主よ、私どもの信仰を強め、聖書の学びと祈りとにもっと時間を割けるように導いてください。エノクがそうであったように、私どもを日々あなたと共に歩ませください。
  • 私どもの心を、この世のわずらいよりも永遠の価値へと向かわせてください。日々の霊的体験を脅かす世の影響力から、私どもをお守りください。
  • 父よ、私どもの生活と教会において、私ども自身の思いではなく御心をなさしめください。謙遜で素直な、そしてあなたのご計画に喜んで応える者とさせてください。
  • 私どもひとりひとりが自分の十字架を負うて生きるよう、イエスさまの御力によりお導きください。特に、若い人たちがあなたの奉仕に全生涯をささげるよう導いてくださることを願います。
  • 個人的な祈りのリストにある7名(あるいは、それ以上)の方々のために祈ります。それらの方々の心が開かれ、聖めてくださることができますように。
  • また、この場に集められている私どもの個人的に必要のためにも祈ります。

感謝の祈り

  • 主よ、「主イエス・キリストの名とわたしたちの神の霊によって」(コリント1・6:11)私どもが洗われ、聖なる者とされ、義とされていますことを感謝いたします。
  • 私どもに新しい心を与えていただけることを、ありがとうございます。(エゼキエル36:26)
  • 御言葉によって聖なる者とされていることを感謝いたします。(ヨハネ17:17)

推奨する讃美歌

“Live Out Thy Life Within Me” (Seventh-day Adventist Hymnal 316番)

「暗き道に迷い」(希望の讃美歌273番)

「せいなるものと」(聖歌553番)

“Wholly Thine” (Seventh-day Adventist Hymnal 308番)

「この世の楽しみ」 (希望の讃美歌375番)

「主よこの身いままたしく」 (聖歌545番).

主の聖なる者

「あなたたちはわたしのものとなり、聖なる者となりなさい。主なるわたしは聖なる者だからである。わたしはあなたたちをわたしのものとするため諸国の民から区別したのである。」レビ記20:26

「主の聖なる者」とは、大祭司の額当てに刻まれていた文字です。私どもが罪から引き離され聖なる生活を送るために、主は、いにしえの時代に祭司たちを呼んでおられたのと同様に私どもを呼んでくださっています。私どもの生活は、その御方を証しするのです。

御使いは自分に仕えている者たちに向かって言った。「彼らの汚れた衣を脱がせてやりなさい。」また、御使いはヨシュアに言った。「わたしはお前の罪を取り去った。晴れ着を着せてもらいなさい。」また、御使いは言った。「この人の頭に清いかぶり物をかぶせなさい。」彼らはヨシュアの頭に清いかぶり物をかぶせ、晴れ着を着せた。主の御使いは立ち続けていた。(ゼカリヤ3:4、5)

主は、ヨシュアが価値なき者であるとの告発を否定しないで、彼を主が値をもって買い取られたことを表明しておられる。主は彼にご自身の義の衣を着せられたが、不従順と罪により汚れた衣の上から掛けるのではなく、まず主は、「彼の汚れた衣を脱がせてやりなさい」と語られたのです。そして主は彼に、「さあ、あなたの不義を私は取り除いた」と。そして私は、あなたに代わりの衣を着せる。続いて私は彼らに言う。「彼の頭に清い額当てを付けなさい」と。それから彼らはヨシュアの頭に、「主の聖なる者」と書かれた清い額当てを付けるのだ。(『公開原稿』Manuscript Releases 第20巻、190,191頁)

クリスチャンは天の原則の見本として立てられている。その人は、美徳と美しさのある真理を表わすための聖なる務めを帯びているのだ。穏やかで親切、そして堅固な正直さが、彼の言葉と行為との特徴でなければならない。神を崇め神への奉仕に献身し、彼は霊的な信仰を変わらずに守る。自己中心の織糸がその品性に織り込まれることなどない。私どもは全生涯を通して神の霊が顕わされるよう、自己研鑽するのである。神の霊は、神の子たちの歩みを誤った道に誘うことは決してない。聖霊によって与えられる力を通して、私どもはあらゆる疑わしいものを生活から取り除くだろう。信仰の欠如が魂を覆う暗闇から私どもが抜け出し、神の御言葉の光が明るく輝いてしっかり降り注ぐところにいるならば、聖めにつながる路程において一歩一歩と導かれる。(『神と共なるこの日』This Day with God 、281頁)

神には、聖とするために永遠の昔から選ばれた人々がいる。「これは、神があなたに(あなたの聖めにでさえ)関わってくださる御心です。」主の御声の響きが私どもに届き、「聖く、もっと聖くなりなさい」と語られる。そして私どもの答えは、「はい、主よ、もっと聖く」でなければならない。

どんな人でも、産まれながらの権利として、あるいは他の人からの贈り物として聖めを受け取ることはない。聖めは、キリストを通しての神の賜物である。救い主を受け入れる人々は、神の子となる。彼らは主の霊的な子ども達であり、生まれ変わり、義とまことの聖とによって新たにされた。彼らの思いは変えられた。明確な視点で、彼らは永遠の現実を見ている。彼らは神の家族に受け入れられ、主の霊によって栄光から栄光へと変えられて主と似た者となる。彼らは自分自身のための最高の愛を大切にすることにより、神とキリストのことをも最高に愛するようになる。(『サインズ・オブ・ザ・タイムズ』(英文)1902/12/7)

私どもの救い主は、人を全人的に完全な者とする救い主である。その御方は、部分的にだけ神なのではない。キリストの恵みは全人的な人を形作る鍛錬のために働きかける。その御方がすべてを創られた。その御方がすべてを贖われた。その御方は、心も力も、精神と同様に肉体をも創造なさり、神性を共にしてくださった。そしてすべては、その御方が買い取られた所有物である。その御方は、心と思いと精神と力とを尽くして仕えられなければならない。それから主は、その聖なる者たちの内にあって栄光を受けられる。彼らが携わっている平凡で現世的な事柄においてさえもだ。「主の聖なる者」と、その者たちに刻まれることとなる。(『神の驚くべき恵み』God’s Amazing Grace、230頁)

どのような職場の人々でも、賢明で効率的になる機会を活用しようとするならば、この世に神の王国を築き上げる働きに能力を用いていることになる。この地球の歴史の終わり近くに私どもが住んでいるという事実に目を向けて、もっと献身的に務め、もっと注意深く待ち、目覚め、祈り、働かねばならない。すべての宗教的な奉仕とあらゆる事業の部署は、天国に名が記されることに関与する。「主の聖なる者」は、どのような分野の労働者にもモットーである。人間を代表する者は、理想的なクリスチャンであってキリスト・イエスの内にて完全な者となるよう、完成を目指して努力しなければならない。(『レビュー・アンド・ヘラルド』Review and Herald、1905/10/5)

召し出してくださった聖なる方に倣って、あなたがた自身も生活のすべての面で聖なる者となりなさい。「あなたがたは聖なる者となれ。わたしは聖なる者だからである」と書いてあるからです。(ペテロ1・1:15,16)


※2日目のテキストです。ダウンロードしてお使いください。

第2日目「主の聖なる者」ダウンロード